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第八章・6

「僕、コーヒーに苦いものと酸っぱいものがあるなんて、初めて知りました」 「藍くんは、やはり素直だね」  どちらがお好みかな、と雅貴に尋ねられ、藍は苦みのある方、と答えた。 「私と同じだ。渡辺、今度から二人とも同じコーヒーで済むぞ」 「それは結構でございます」  三人で、テラスで笑い合っていると、愛だの恋だのなど忘れてしまう。  まるで家族とともに過ごしているような安らぎを、藍は覚えていた。  決して手にすることのできなかった、家族。  ただ、祖母宅に行った時だけが、藍の温かな思い出だった。 「家族を持つと、このような感じなのだろうか」 「雅貴さん?」  雅貴もまた、小春日のようなぬくもりを感じていた。  乳母とともにいる時は、このような温かな心地にはなっていたが。 「それは、白沢さまのおかげでございますね」 「そうか。そうだな」  渡辺の笑顔に、雅貴はようやく不思議な藍の魅力に気付いた。 「藍くんは、人の心を和ませるな」 「僕が、ですか?」 (急に吐いて、雅貴さんを慌てさせてばかりいたと思うんだけど……)  だが、褒められて悪い気はしない。  照れ隠しにカップに口を付けたが、雅貴がその時、話題を変えた。

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