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第八章・8

「ナイフの角度は、これでいいでしょうか?」 「結構ですよ。お食事は、楽しく美味しく召し上がれば、それでよろしいのです」  雅貴が仕事の間、藍は暇を見つけては渡辺にマナー講座を開いてもらっていた。 「いよいよ、明日です。お食事会」 「スーツもご用意いたしましたし、後は心にゆとりをお持ちになることです」 「心にゆとり、ですか」  はい、と渡辺はうなずいた。  そして、そのゆとりで雅貴を見守って欲しい、と訴えて来た。 「今回の妹尾様との出会いは、実質ご縁談、とわたくしは見ております」 「ええっ!?」  そこで渡辺は、社交界の牧田夫人のことを話した。 「あの御方は、妙齢の若者同士をご成婚に結び付けることを、なによりの喜びとなさっておられて……」 「それで、妹尾さんと雅貴さんが」  その通り、と渡辺は苦渋の表情だ。 「ですが、雅貴さまは未だ心に傷を負ったままであられます。深いお付き合いやご結婚は、御無理かと」 「何か、あったんですね。雅貴さんの過去に」 「はい。それは雅貴さまに、直にお聞きください。藍さまにならば、お話しなさることでしょう」  白沢さま、が、『藍さま』に代わってしまったことにも気づかず、渡辺は目を潤ませている。 (雅貴さん、一体何があったんだろう)  そして、僕は彼の力になれるのかな。  ひとつまみの不安を抱えて、藍は会食を迎えることとなった。

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