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第九章・5

「ひどい修羅場を見せてしまったな」 「いいえ。でも、良かったんですか?」 「何が?」 「妹尾さん……、少し可哀想です」  いいさ、と夜風を頬に受けながら、雅貴は物憂げに話す。 「彼も大人だ。20代だから、恋が楽しいお年頃なんだろう」 「どういうことです?」  うん、と雅貴は唇に人差し指を当てて話した。 「彼、結構派手に遊んでるらしい。社交界の中から、とっかえひっかえして、ね」 「そうなんですか」 「そろそろ遊びも終わり、と考えて最後に私を選んだんだろう。資産は充分に持っているから、嫁ぎ先としては魅力的だ」 「何か、すごい人ですね」 「渡辺が、調べてくれたよ」  そこで雅貴は、駐車場に停めてあったロールスロイスの運転手に告げた。 「少し、寄り道をしたい。コーヒーの美味しいカフェに、頼む」 「かしこまりました」  車に乗り込み、藍は考えた。  渡辺の名が出たので、思い出してしまったのだ。 『ですが、雅貴さまは未だ心に傷を負ったままであられます。深いお付き合いやご結婚は、御無理かと』 『何か、あったんですね。雅貴さんの過去に』 『はい。それは雅貴さまに、直にお聞きください。藍さまにならば、お話しなさることでしょう』 (カフェで、話してくれるかな。雅貴さん)  僕からも、それとなく訊いてみようかな。  小さな決心を胸に、藍はシートにもたれた。

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