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第十章 雅貴の過去
雅貴さん、と藍は真剣なまなざしで、前に座る男を見た。
「以前、何かあったんですか? 悲しい過去が、あるんですか?」
だから、恋に臆病になっている。
人を愛することに、臆病になっている。
藍は、雅貴にそんな匂いを感じ取っていた。
「雅貴さんの昔のお話し、僕に聞かせてもらえませんか」
「そう、だな」
そんな藍を、雅貴は微笑ましく思った。
何にでも、一生懸命な10代。
(私にも、そんな頃があったっけ?)
いや、違う。
この、藍くんが特別なんだ。
必死な目をして縋って来る、この一途さ。
これは出会って間もない頃にも、見せてくれた姿だ。
『子どもより、人付き合いの方が大切だなんて!』
社交に夢中で、幼い雅貴を放っていた母親に対して、憤った藍。
あの時は彼のことを、他人のために怒るなんて情緒の豊かな子だ、と思っていた。
(それだけじゃない。情が深いんだ、この子は)
いつもなら疎ましい人の情が、今はただ嬉しい。
そんな雅貴は、藍に過去を語り始めた。
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