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第十四章・8

「本当に。藍には、何と感謝したらいいのか」 「それは、僕のセリフですよ」  こほん、と渡辺がわざとらしい咳をした。 「雅貴さま。どれほど感謝しても足りない出来事が、まだございます」 「そうです。雅貴さんを無理にお茶に呼んだのは、大事な報告が」  そうだった。  本来なら勤務に出ている平日の午後、藍にどうしても特別に時間が欲しい、と呼ばれたのだ。  わがままなど、滅多に言わない藍。  そんな彼が、一体何を? 「実は僕……、赤ちゃんができました」 「……」 「今、5週目だそうです」 「……」 「雅貴さん?」  雅貴は、言葉を失っていた。  代わりに、大粒の涙が一粒、その目からあふれ頬を濡らした。

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