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第十四章・9

「すまない。喜んでいるんだ、これでも。ただ、あまりに嬉しいから……」 「いいんです、雅貴さん。僕も、そう言ってもらえて嬉しいです」  ああ、涙が止まらない。 「私の、藍の子が……」  泣くことなど、忘れていたこの私が。 「おめでとうございます、雅貴さま。藍さま」  もらい泣きしているのか、渡辺もどこか鼻声だ。 「お腹に触れても、いいかい?」 「いいですよ」  雅貴は、震える手で藍の腹に触れた。  温かな、命のぬくもり。 「私は、いい父親になれるだろうか」 「雅貴さんなら、大丈夫です」  藍は、腹に手を当てる雅貴の頭に手をやり、その髪を撫でた。  まるで、いとし子にそうするように。 「世界で一番の幸せ者だな、私は」 「僕もです、雅貴さん」  ぱらぱらと、雨が落ちて来た。  日は照っているのに、雨粒が。 (雨は悲しい思い出を呼んでくるものと思っていたけど)  この日この時から、嬉しい記憶を呼び覚ますことになるだろう。  藍と雅貴はしっかりと手を取り合い、共に未来を見た。  前を向いて、歩き始めた。

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