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第2話

 一回目も二回目も入選。……最優秀賞、優秀賞、審査員賞、努力賞、佳作のあとに入選が十人。その中のひとりに、今回も食いこめたのはラッキーだ。たとえ入選枠の最下位だとしても、上から十五番目というポジションは期待が持てる……が、最優秀賞までの道のりは遠く、非常に険しい。万年入選の、入選止まりということもあり得る。  まぁ今回も望み薄だなと、応募しておきながら早々に諦める。これも、慧の悪い癖だ。  そもそも受賞云々より、創作の過程が好きなのだ。だから最下位でも気にしない……と自分に逃げ道を与え、ダメージを最小限に抑えようとするあたり、メンタルが弱すぎる。  それより就職活動すべきだったのでは? という迷いや後ろめたさが、まだ少し残っているせいかもしれない。  でもバイト先の店長が、時給をアップするから卒業後も辞めないでくれと引き留めてくれるから……あと数年は夢への挑戦に専念したくて、就職を先延ばしにしてしまった。社会人になることから逃げているだけじゃない? と突っこまれたら、返す言葉もない。  ただ、慧にとって創作は食事や睡眠に等しい。創作しないと体調が悪くなるほどには、生きていく上で必要だという自覚はある。  仕事に就いたら、果たして自分はどうなるのか。妄想するのが好きなくせに、電車通勤する自分の姿は、まったくといっていいほど想像できなかったのだ。  ありがたいことに、母は慧の創作を応援してくれている。もともと大学に行かせてやるつもりで貯金していたから、あと二年は好きなことをしなさいと、笑顔で背中を押してくれた。 『慧は高校のときからバイトして、身の回りのことも全部自分でしてくれるし、お母さんには支障も負担もないどころか助けられているくらいよ。……結果的に就活することになっても、絵の修業をしていたって返せばいいじゃない。そして、その成果をバーンと見せてやれば?』  そう笑い飛ばしてくれた母には、感謝しかない。  好きなものを好きだと語り、描きたいものを表現する。そこにはリアル世界のような建前はない。誰の顔色を窺うこともなく、反応を気にすることもなく自由だ。  俗物的な言い方をするなら、お金をかけずに世界旅行や宇宙の旅、タイムスリップまで可能にしてくれるのが創作だ。これから先の二年は、課題の提出に時間を費やすのではなく、この二年間で学んだことを、自分の未来のために繋げられたら……と思う。  いつかは絵本作家として、本を出せたら……と。 「もう来るよ、通過列車!」  小学生の声で、慧はハッと我に返った。  日向のように優しい妄想の世界から、一瞬にして大寒のホームに引き戻される。  脳内の気温差で、慧はブルッと身震いした。隣の小学生たちは半ズボンなのに。この寒さの中、至って元気で羨ましい。 「通過列車って、貨物列車かな」 「違うよ、特急だよ」  ぼく知ってるよ、と声を弾ませたのは、例のサブバッグの男の子だ。 「この時間に通る特急は、東京発十五時十五分、甲府行きの……」  時間まで頭に入っているとは恐れ入る。まるで彼らの仲間になった気分で、楽しい会話に聞き耳を立てていたら。  ガガガガ……と荒々しい走行音とともに、通過列車が近づいてきた。 「特急かいじだよっ」  男の子が声を弾ませ、ほら! と、勢いよく振り向いた瞬間。  遠心力で大きく回転したサブバッグから、上履きが放りだされた。    そこからは、なぜかスローモーションで記憶している。  飛んでしまった上履きをつかもうとして、男の子が宙を掻いた。  サブバッグの重さに引っぱられ、男の子が大きく体勢を崩す。  身を乗りだしたのは、ホームの先。  いまにも特急かいじが通過しようとする線路へ、飛びこむような格好になった。    とっさに慧は、手を伸ばした。  ポケットから右手を出すと同時に、スマホを放り投げた気もするが……あまりよく覚えていない。  反射的にランドセルをつかみ、男の子を引き戻したのは覚えている。  あのマフラーの女子高生が両手を伸ばし、男の子をキャッチしようとする瞬間も、視界を掠めた。  だが、そのときにはもう──────。  慧自身の体が、線路に向かって落ちていった。

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