11 / 17
第11話
無事に当直が終わり、花村邸へと帰宅した時、ちょうど正午ごろであった。
夜の検視で疲れているのか、花村はまだ寝ているようで、いつもならある熱烈なお出迎えがない。
「……飯でも作っておいてやるか」
どうせあの調子なら朝も起きずに眠り続けているのだろう。花村も今日は休みのはずだ。
静はシャワーを浴びると、着替えてキッチンに立つ。
冷蔵庫の中を適当に漁り、残り物と古くなってきた食材を取り出す。そしてそれらを適当な大きさに切り、炒めて、焼きそばとチャーハンを作った。
花村の分はチンしてすぐに食べられるように別の皿に盛り付ける。
ラップをかけようとした時、ドアが開き、花村がやってきた。
「ああ、おかえり静くん」
「ただいま」
料理をしている静を見て、花村は慌てている。
「当直明けで疲れているだろう? 食事を作らせてしまってすまない」
「いいよ、あんたも同じだし。もうできてるよ。座っててくれ」
花村はまだ若干ぼうっとしているように見える。寝起きなのかもしれない。
服装はいつもと同じで、ポロシャツにスラックスだが、胸元のボタンが掛け違えられているのに気がついた。
「ボタン、かけ違えてんぞ」
胸元を指さすと、慌てて直そうとしている。しかし指がもつれていて、うまくいっていなかった。
「あれ、あれ?」
見ていて焦ったい。静は花村に近づく。
「やってやる、動くなよ」
ポロシャツのボタンは三つしかない。
「こんなのどうやったら掛け違えるんだよ……」
「すまない、ありがとう」
ボタンを直し終わり、ふと顔を上にあげると、柔和に微笑む花村の顔が思ったよりも近くにあった。
「あっ」
不意にキスされた時のことを思い出す。不用意に胸が鳴動し、顔に熱が集まってくるのが分かった。
「どうしたんだい? 顔が真っ赤だよ」
今度は心配そうな顔で覗き込まれそうになる。
「なんでもない! 飯作ったから! 座って待ってろ!」
静は視線に背を向け、キッチンへと小走りで入っていく。
夜にされたキスの感触が蘇ってきて、静は何度も手の甲で唇を拭った。
(くそ……)
キスは嫌ではなかった。それが静の中で衝撃的な事実として、驚きながらも受け入れられている。
(あいつは俺の顔が好きなんだっ)
だからといって、この感情を認めることができるのか、ということは別問題であった。
キスまでは、元彼もできた。そして好きだということを認めてしまえば、きっと静はそれ以上を求めてしまう。
抱いてほしい。身体に触れて欲しいし、触れたい。だけど相手が応えてくれるかどうかはわからない。
「……好きじゃない、好きになんかならない」
「どうしたんだい? ぶつぶつ言って。何か手伝おうか?」
花村から声が掛けられ、ハッとする。声が出ていたことに驚いたが、内容は聞こえていなかったようだ。
「すぐに持っていく!」
芽生えている好意を否定するように、大きな声を出した。
ともだちにシェアしよう!