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第11話

 無事に当直が終わり、花村邸へと帰宅した時、ちょうど正午ごろであった。  夜の検視で疲れているのか、花村はまだ寝ているようで、いつもならある熱烈なお出迎えがない。 「……飯でも作っておいてやるか」  どうせあの調子なら朝も起きずに眠り続けているのだろう。花村も今日は休みのはずだ。  静はシャワーを浴びると、着替えてキッチンに立つ。  冷蔵庫の中を適当に漁り、残り物と古くなってきた食材を取り出す。そしてそれらを適当な大きさに切り、炒めて、焼きそばとチャーハンを作った。  花村の分はチンしてすぐに食べられるように別の皿に盛り付ける。  ラップをかけようとした時、ドアが開き、花村がやってきた。 「ああ、おかえり静くん」 「ただいま」  料理をしている静を見て、花村は慌てている。 「当直明けで疲れているだろう? 食事を作らせてしまってすまない」 「いいよ、あんたも同じだし。もうできてるよ。座っててくれ」  花村はまだ若干ぼうっとしているように見える。寝起きなのかもしれない。  服装はいつもと同じで、ポロシャツにスラックスだが、胸元のボタンが掛け違えられているのに気がついた。 「ボタン、かけ違えてんぞ」  胸元を指さすと、慌てて直そうとしている。しかし指がもつれていて、うまくいっていなかった。 「あれ、あれ?」  見ていて焦ったい。静は花村に近づく。 「やってやる、動くなよ」  ポロシャツのボタンは三つしかない。 「こんなのどうやったら掛け違えるんだよ……」 「すまない、ありがとう」  ボタンを直し終わり、ふと顔を上にあげると、柔和に微笑む花村の顔が思ったよりも近くにあった。 「あっ」  不意にキスされた時のことを思い出す。不用意に胸が鳴動し、顔に熱が集まってくるのが分かった。 「どうしたんだい? 顔が真っ赤だよ」  今度は心配そうな顔で覗き込まれそうになる。 「なんでもない! 飯作ったから! 座って待ってろ!」  静は視線に背を向け、キッチンへと小走りで入っていく。  夜にされたキスの感触が蘇ってきて、静は何度も手の甲で唇を拭った。 (くそ……)  キスは嫌ではなかった。それが静の中で衝撃的な事実として、驚きながらも受け入れられている。 (あいつは俺の顔が好きなんだっ)  だからといって、この感情を認めることができるのか、ということは別問題であった。  キスまでは、元彼もできた。そして好きだということを認めてしまえば、きっと静はそれ以上を求めてしまう。  抱いてほしい。身体に触れて欲しいし、触れたい。だけど相手が応えてくれるかどうかはわからない。 「……好きじゃない、好きになんかならない」 「どうしたんだい? ぶつぶつ言って。何か手伝おうか?」  花村から声が掛けられ、ハッとする。声が出ていたことに驚いたが、内容は聞こえていなかったようだ。 「すぐに持っていく!」  芽生えている好意を否定するように、大きな声を出した。

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