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第15話
花村から避けられている。
二人で星を見に行った後、キスをして、それから、という時に花村から拒否をされた。
あの日以降、同じ屋敷に住んでいるのに、花村とは顔を合わせてはいない。明らかに生活時間をずらされて、避けられているのだ。
これで静の予想は確信へと変わった。
もう花村は静のことは好きでもなんでもないだろう。
屋敷からも出ていけ、と言われるかもしれない。その時のためにアパートも本格的に探し始めた。
「ったく、深夜まで何携帯いじってんだよ」
「住むところ、探してるんだよ。クソ、ここからだと署から遠いな」
「え? 花村さんとこにまだいるんじゃないのか? その後は違う官舎に入れてもらうんだろ?」
「んー、予定よりも早く出ていくことになるから」
「なんだよ、あの御曹司と何かあったのかよ? 喧嘩でもした? それとも無理矢理迫られた?」
根掘り葉掘り聞いてこようとする坂元を静は睨んだ。
実際、迫って拒否されたのは静の方だ。何だかばつが悪い。
「うるせえ、もう喋りかけんな」
「ひど、上司として心配してるんですけどー」
戯けて肩をすくめる坂元を無視し、静が再びアパート探しをしようとした時であった。
『至急、至急、本部から藤白』
静と坂元に緊張が走る。真夜中の至急報。嫌な予感しかしない。
二人は黙って無線指令を聞いている。
『神浜町地内、異常発報入電中。住所にあっては神浜町一丁目一番一号花村邸』
住所を聞き、静は思わず椅子から立ち上がった。
坂元も驚いている。
「おい、ここって……」
「花村の家だ」
『人感センサー、三重発報。直近の移動局は特別緊急走行で移動せよ』
静は青ざめた。
異常発報とは施設や家屋内に侵入者が現れた際や、強盗や犯罪など何か異常があった際に警備会社と警察へ通報がなされるものだ。
つまり花村邸に何者かが侵入したことを現している。
時間は午前二時頃。真報の可能性が高い。
「お前なんか顔色悪いぞ、大丈夫か?」
「いや……」
言葉が続けられず、静は黙り込む。それを見た坂元はパトカーのキーを静から取り上げた。
「おれが運転してやる。お前は横に乗ってろ」
「頼む……すまん」
二人は急いで準備をすると、パトカーに飛び乗った。
サイレンの音と回る赤色灯の急かされながらも静は冷静になれ、冷静になれ、と自分に言い聞かせる。
大きい屋敷だ。花村と犯人が遭遇する確率はそれなりに低いし、花村は一度寝たら起きないことが多い。
別に部屋や建物がどれだけ荒らされようとしていても構わない。何か盗まれたって、それはそれで仕方ない。
ただ、花村さえ無事でいてくれれば、それでいい。
現場である花村邸に着いた。
通報があったにしては、あたりは怖いほど静まり返っている。
いてもたってもいられず、静はパトカーから飛び降りた。
「俺、先に行くから!」
「待て! 応援が来てからだ!」
おい、と坂元が静を制止する声が後ろから聞こえるが、構っていられない。
静は警棒を取り出し、門から邸内へと入っていった。
懐中電灯で照らしながら周囲を歩く。玄関に異常はないが、すぐ横の縁側の窓ガラスが突き破られている。若干血もついていた。
おそらく犯人は慣れていないのだろう。プロの泥棒はこういったミスを犯さない。
誤報であってほしい、と願っていたが、真報である可能性が格段に跳ね上がった。しかも慣れていない犯人なら手荒な手段に出てくる可能性もある。
もしそんな奴と花村が遭遇したら。
静は顔を青くした。
(一度、花村の寝室へ行こう……)
とにかく無事を確かめたかった。呑気に寝ていたら、蹴り飛ばして起こしてやるのもいいかもしれない。
玄関から中へと入った時だった。
窓ガラスが割れる音がして、一気に緊張が走る。静は音の方へ向かう。
これで侵入者がいることは確実となった。
暗い廊下の先で人影が動いたのが見えた。
「おい! 待て!」
そう言って止まる犯人はいない。静の声に反応した人影は走り去っていく。
この屋敷は増改築を繰り返し、迷路のようになっている。数週間過ごしている静でもたまに迷うし、まだ全貌はわからない。
初めて来たこの犯人がそれを知っているわけがない。
そして、走り去っていった先は花村の寝室の方向だ。
そこからは旧邸の方へと繋がっている。花村の寝室は旧邸の方にあるのだ。
旧邸へと入って、人影を見失ってしまった。
(あれ、ここは廊下があるだけだ。どうして、隠れるところもないはず)
窓やドアも空いていない。外へ逃げた可能性も低い。
懐中電灯で辺りを照らしながら、検索する。
中程まで歩き、扉が閉まりきっていない部屋を見つけた。
そうっとその扉を開けて、中を確かめようとした時であった。
「静くん! 危ない!」
背後から誰かに覆い被さられ、床へと押し倒される。
それと同時に静が開けようとしていた扉に何か振り下ろされ、ドアノブが弾け飛んだ。
静に覆い被さった花村の背後に棒状の何かを持った男がいる。先端が鉤状になっていた。
(バールだ!)
それに気が付いた静は急いで身体を起こそうとする。
「は、花村っ! どけ! 危ない!」
顔を隠した男は花村に向けて、バールを再度振り下ろそうとしていた。
しかし花村は静の身体を守るようにして抱きしめたまま動かない。
間に合わない。大の男が勢いよくバールを振り下ろしたら、背骨なんか粉々に砕けてしまうだろう。後頭部に当たったら、即死も考えられる。
静は守るように花村の頭を抱きしめた。
「やめろ!」
花村の背中に当たる直前で振り下ろされたバールが止まる。当たった衝撃で警棒は折れたが、すんでのところで花村には当たらなかった。
「大丈夫か!」
坂元だった。男が怯んだ隙に、折れた警棒で押し返し、バールを手から叩き落とす。
男は悲鳴を上げた。手首に警棒が当たったのだ。相当な痛さだろう。
「警察だ! 大人しくしろ!」
そう言いながら、もう刑事課員二人がやってきて、坂元ともに男を制圧にかかる。
犯人は暴れている。三人では心許ない。静も加勢しに行きたいが、花村が離してくれない。
「離せ、大丈夫だ、もう捕まったから」
静が肩を揺り動かすと、花村が顔を上げ、後ろの様子を確認する。
そして勢いよく起き上がった花村は静を無理矢理立たせて、犯人から遠ざけた。
「大丈夫かいっ⁉︎ 怪我は⁉︎」
「してない! お前こそ、怪我とかは」
「僕は大丈夫だ、ああ心臓が止まるかと思ったよ……」
そう言ってきつく抱きしめられる。
ぞくぞくと捜査員や警察官が家の中に入ってきていた。いつの間にか、手錠をかけられた男は大人しくしている。
まだドキドキしていた。緊迫した現場特有の緊張感と、花村に抱きしめられている高揚感が混ざる。
とにかく花村が無事で良かった。
静は周囲を見る。人が集まってきているが、目を閉じ、そっと抱きしめ返した。
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