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第4話
理一の家は無駄に広く、使っていない部屋がいくつかあった。そのうちの一つに壮馬が住むことになり、今の家は今月の契約で更新を止めた。部屋に荷物を運び込み、いよいよ後戻りできない所まで来てしまった。
「洗濯と掃除と、あと物の整理もよろしく」
「分かった」
給料を出すという話は本気だったらしく、食費と家賃光熱費を差っ引いた分が毎月末に支払われることになった。バイトは頻度を減らして続けているため金は要らなかったのだが、理一が払うと言って譲らなかったので有難く貰うことにした。
(……ま、金払っときゃ楽だもんな)
金で得た繋がりは断ち切りやすい。結局自分はそういう扱いなのだ。勝手に期待して勝手に傷ついている。我ながら滑稽だと思った。
無駄に広い家の隅から隅まで掃除機を掛け、洗濯機を回し、リビングに放置されていた本を棚に戻す。朝の8時から始めたが、一通り終えてしまってもまだ午後にすらならなかった。本当に家政夫が必要なのか、甚だ疑問だ。
昼飯の下準備をして、昼まで少し休憩しようとソファに腰掛ける。思えば、日の高いうちに理一の家に来たのは初めてだった。まじまじと見ると、インテリアには案外統一感が無く、床に小さく焦げた跡があったりと、粗雑な一面が垣間見えた。
「おー、綺麗になってる」
「掃除機かけて本片しただけだぞ」
仕事部屋から顔を出した理一が、感心したように目を瞬かせる。昼飯の時刻を打診すると、空腹を訴えてきたのですぐ用意をすることにした。
「……壮馬」
キッチンに立っていると、ふと名前を呼ばれて振り返る。理一に背後から抱き締められ、思わず思考を停止した。数秒後、手元のコンロに火を入れたことを思い出して慌てて火を止める。
「危ねぇだろ急に」
「エプロン姿、なんかキた」
「はあ……?」
何言ってんだこいつ。呆れて物も言えない壮馬に構わず、理一の手がTシャツの裾から入り込んでくる。シャワーを浴びていないことに気づき、慌ててその手を掴んだ。
「ま、準備してない」
「触るだけ。な」
今までそんなこと言われたことがない。出会って最初から身体を繋げていた二人は、触り合うだけの行為などしたことがなかった。戸惑う壮馬の下腹部に手を這わせ、ぐっと後ろから腰を押しつけてくる。硬い物が太腿に当たって頬が熱くなった。
(何だこれ、なんだこれ)
「んっ、あ……は、ぁ」
緩く勃った性器を理一の大きな手が扱き上げる。いつもの意識が飛ぶような快感とはまた違う、ぬるい気持ち良さがじわじわと腰に溜まっていく。クチュクチュと先走りが音を立てて、聴覚から壮馬を犯した。
「理、一は……」
「ん……俺は後で」
あの理一が、自分のことしか考えていないようなこの男が、何故か壮馬をイかせる為だけに手を動かしている。訳が分からなかった。ピッタリとくっついた背中から感じる温もりに涙が出そうになった。
(足りない、イけない……っ)
性器への刺激だけではもう物足りない。理一に組み敷かれてめちゃくちゃに犯されないとイけない。もどかしい感覚に、気づけば恥も外聞もかなぐり捨てて理一に縋っていた。
「りぃ、ち、ここも、触って……」
彼の片手を掴んで、エプロンの隙間から自分の胸元に当てる。理一はふっと息を吐いて笑うと、要求通りに壮馬の乳首を爪の先でカリッと引っ掻いた。途端、爪先から頭の天辺までを電流が駆け上がるような快感が閃いた。
「あ、あぁ、あっん、ん」
「っはは、エロい声」
一人で立っていられなくなって、理一の肩に頭を押しつける。脚の間に膝を入れられ、膝と手の両方で性器を虐められた。
「ひ、ぃく、いく、理一ぃ」
耳元で理一の荒い息遣いが聞こえる。ビュク、と精液を理一の手の中に吐き出すと、息を整える暇もなくその手を口の中に突っ込まれた。精液の青臭い味が広がって吐き気がする。
「っむ、ぐぅ」
「お掃除して」
最悪。腹いせに指の間接を噛んでやると、仕返しに舌を引っ張られて嘔吐きかけた。大人しく指に付着した液体を舐め取り、やっとの思いで飲み下す。指を引き抜かれ、振り向くと理一が意地悪い笑みを浮かべていた。
「良い子」
「っ殺すぞ、マジで」
遠慮無くゴリ、と太腿に押しつけて存在を主張してくるそれに、ヒクリと顔を強ばらせる。仕方なく、キッチンの床に膝をついて彼の股間に顔を埋めた。ズボンの上から膨らんだそこを唇でなぞり、息を吹きかける。焦れた理一が自分でベルトを外し、下着をずり下げた。勢いよく飛び出た屹立の先端を口に含む。
(何だったんだ、さっきの……)
口で奉仕しながら、先程の一方的な愛撫を思い返す。あんな風に、挿入前の前戯以外で触られるのは初めてだった。意図が読めない。
「……お前さ」
「うん」
どうしても引っ掛かって、一度口を離す。
「俺のどこ見てOK出した訳?」
「何の話?」
「最初。俺は別に清潔感さえあれば誰でも良かったんだけど、お前は?」
「あー、そういうこと。うーん……」
顔が好みだったとか、身長が自分より低い方がとか言われれば、今の行為にも納得が行く。要は見た目が好みであれば、という話だ。
「…………文章?」
「は?」
「一番端的だったんだよ、お前の文章。回りくどくなくていいなと思った。だから、お前にした」
「……そんな理由かよ」
「何、顔がタイプだったとか言って欲しかった?」
「ねぇよ」
ますます分からなくなっただけだった。黙って奉仕を再開し、嘔吐かないよう慎重に頭を動かす。
「……なんか、今日の壮馬可愛い」
「ふぁ?」
やっぱり頭がおかしくなったんじゃないか。喋れないので睨みつけると、理一は可笑しそうに口元を歪めた。じゅ、と強く吸い上げると、頭を押さえられて喉奥に先端が当たった。
「う゛、んぅ」
「……もっと締めて」
無茶言うなクソ、と心の中で毒づきながら、嚥下する時の要領で喉を締める。そのまま揺さぶられて嘔吐きかけながら、どうにか彼が果てるまで口を開け続けた。
「っ、あ、イく……」
「っぐ、うん、ん゛……!」
喉奥に射精されて、吐きそうになるのをギリギリ堪えた。粘膜にまとわりつく液体を飲み下し、最後の一滴まで尿道から吸い上げる。
「……っは、昼間から2回も精液飲まされるとか、最悪」
「1回は自分から飲んだだろ」
「飲ませるだろ、どうせ」
服を整えて、水道水で口を濯ぐ。ついでに水を飲んで、条件反射で疼く腹の奥を鎮めようと試みたが無駄だった。妙に落ち着かない気分のまま昼食を作り、彼と食卓を囲む。
「……壮馬のさ」
「ん?」
「料理、食の好みは違うのに、味つけは好みなんだよな」
「……お前、何? 変な物でも食った?」
「褒めてるだろ」
褒めてるから疑ってるに決まってるだろ。と思ったが、彼は自分勝手なだけで、別にわざと失礼なことを言う人間ではない。空気は読めないが、非常識ではないのだ。多分、思ったことをそのまま口にしただけだろう。
「昼から俺の家に壮馬がいるの、なんか未だに信じられないんだけど」
「それはこっちの台詞だっつの」
理一は何故か嬉しそうだった。妙に機嫌のいい彼に翻弄されながら、その日は何事も無く終わった。
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