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 一度だけ、清正自身がトラブルに巻き込まれたことがあった。クラスの女子に、清正と光は仲がよすぎると揶揄われた時だ。 『そのブックカバー、いいな』  転校してきてすぐの頃、光が読んでいた本を見て清正が言った。  手漉きの和紙で作ったブックカバーだった。それを、清正が褒めたのだ。  光は嬉しくなって、清正のために紙から漉いて同じようなカバーを作った。清正は喜んで、それを愛用していた。  そのお揃いのブックカバーに気づいて、女子たちが二人を揶揄った。 『七原と此花って、仲がいいよね』 『ちょっと良すぎるくらい』 『だけど、男同士でお揃いのブックカバーとかって、なんかキモイ。ひょっとして、デキてるの? どっちがどっちを……』  きゃはは、と笑いながら盛り上がる女子たちを見て、清正がガタンと椅子を蹴った。 『ヘンなこと言うなよ!』  普段温和な清正が、顔色を変えていた。  急に大きな声で言い返されたのがショックだったのか、顔を赤くした女子の一人がムキになって同じ言葉を繰り返した。 『やっぱりデキてるんだ』 『黙れ!』  清正が怒鳴り、彼女の顔は赤黒いほどに染まっていった。  彼女は震える手で机の上の清正の本に触れると、それを奪い、カバーを剥ぎ取って力いっぱい引き裂いた。 『何するんだよ!』 『カバーくらい、何よ!』 『人のものを、なんで……!』 『そんなに怒るってことは、図星だったんだ! 七原と此花って、絶対デキて……』 『黙れ! それ以上、ヘンなこと言ったら、殴るからな!』  清正は本気で怒っていた。  光は驚いて、自分でも気づかないうちに目からぽろぽろ涙を零していた。 『光!』  泣くなよ、と清正は焦った様子で光を引き寄せた。裂けたブックカバーを奪い返して、光の顔を覗き込む。  女子は勝ち誇ったように言った。 『ほら、やっぱり! デキてるんだ! ホモなんだ! 気持ち悪い。変態!』  清正は彼女の前に無言で立ち、ブレザーの襟をつかんで手を上げかけた。  さすがにまわりの男子が止めに入ったが、あたりは騒然となり、清正に殴られかけた女子が引きつった顔で泣き始めた。 『七原、やりすぎだ』 『なんで、そんなに怒るんだよ』 『此花も、男のくせに、めそめそ泣くなよ』  口々に責められながら、怒りで頬を赤くした清正は光の腕を掴んで教室を出た。  背中から半泣きの女子の声が追いかけてくる。 『ほら、やっぱりデキてる……っ。ホモ……! 変態……!』  今思えば相当な人権侵害だ。  問題すぎる発言である。  けれど、当時の中学生にそんな概念や知識はなく、まわりはただ騒ぐだけ。本気で二人をどうこう判じるわけではなく、ほとんど何もわからないまま、騒々しく何かを喚いていた。 『気にするなよ。ヘンなこと言う方がヘンなんだから』  誰もいない屋上への階段に立って、怒った横顔のまま清正が言った。黙って見上げていると、ふいに視線を光に向けて早口で付け加えた。 『光のほうが綺麗で可愛いから、あいつら嫉妬してるんだ』 『嫉妬……?』  光の視線を避けるように、清正は再び横を向いてしまった。きつく結んだ口元、硬質で端整な横顔。  その顔を見上げて、光はぼんやりと思った。  嫉妬しているとしたら、それは彼女たちが清正を好きだからではないのか。  当時の光としては上出来な判断だった。  今ならもう少しはっきりわかる。いつも清正のそばにいる光に、彼女たちは確かに嫉妬したのだ。  清正に責められたから彼女は傷ついた。それを隠すためにブックカバーを破き、暴言を吐いた。  無残な姿になったブックカバーを、清正が丁寧に広げた。  素人の光が漉いたものだが、それでも和紙は普通の紙より丈夫だ。それを力任せに千切ったために、繊維が毛羽立ち、ひどくみすぼらしく見えた。

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