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【5】-6

 子ども用の椅子の中で、汀がころんと丸くなった。  よほど遊び疲れたのか、小さな手に箸を握ったまますうすうと寝息を立て始めた。 「すっかり引き留めちゃった。久しぶりに会えたのが嬉しくて、ついおしゃべりしずぎたわね。汀ともしばらくお別れだと思うと……」 「しばらく、お別れ……?」 「そうなのよ。母が体調を崩して、明日から山形に行くの。それで、今日は清正に無理を言って汀を連れてきてもらったんだけど」 「大丈夫なんですか?」 「風邪をこじらせただけみたいだけど、年が年だから、一度様子を見に行ってみようと思って」  今年、九十になるのだと聡子は言った。 「向こうに行ったら、そのままいることになるかもしれないわね」  年老いた母親を呼び寄せるより、身軽な聡子が故郷に戻ったほうが、負担が少ないと言う。 「でも、そしたらこの家は?」 「ゆくゆくは売ることになるかしらね。清正が住むなら残しておきたいけど……」  期待はしていないと聡子は肩をすくめる。  汀の世話は聡子が引き受けるから、戻ってきて一緒に住めばと勧めた時も断られたのだからと。 「でも、確かに、ここで私と暮らしたりしたら、再婚しにくくなるわね。あの子、昔からずいぶん女の子に人気があったけど、コブ付きババ付きじゃ、さすがに相手を探すの、大変かも」  聡子は笑った。  再婚……。  いつか、清正は再婚するのだろうか。まだ二十七なのだから、しないとは言いきれないだろう。 「とりあえず、今回は一週間か二週間、向こうにいることになると思うの。お庭のことが、ちょっと心配だけど……」 「あ……」  少し考えてから、時間がある時に自分が庭の世話をしてもいいかと聞いた。 「でも、忙しいでしょ?」 「今、フリーだから時間は自由だし。たまに水をやるくらいしかできないですけど……」 「本当にお願いしていいなら、助かるわ。それだけが、どうしても気になってたから」 「なるべく毎日、様子を見に来ます」  光の言葉に「できる範囲でいいのよ」と聡子は念を押した。  清正の分の夕食を持ち、小さなコートで包んだ汀を抱き上げた。クルマまで送ってきた聡子が、汀と光を見比べてしみじみと言う。 「こうやって見ると、汀って清正より光くんに似てる気がするわ。全体に華奢で色が白いとことか、髪の色や目の色が明るいところとか」  光と汀が親子だと言っても、きっと誰も驚かないと、聡子は真顔でそんなことを言った。  光に似ているのではなく、汀を産んだ人に似ているのだろう。  そう思ったけれど、言葉にはしなかった。  後部座席に取り付けたチャイルドシートに汀を寝かせ、聡子が手渡した毛布をそっと掛ける。  天使のような寝顔を少しの間二人で見下ろし、挨拶の言葉を交わした。  すっかり暗くなった街を清正のマンションに向けて走りだす。  五月の薔薇と青いベンチ。  美しかった庭を思い浮かべ、あの家が知らない誰かのものになってしまったら、やはり自分は悲しいのだろうなと思った。

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