26 / 119
【5】-6
子ども用の椅子の中で、汀がころんと丸くなった。
よほど遊び疲れたのか、小さな手に箸を握ったまますうすうと寝息を立て始めた。
「すっかり引き留めちゃった。久しぶりに会えたのが嬉しくて、ついおしゃべりしずぎたわね。汀ともしばらくお別れだと思うと……」
「しばらく、お別れ……?」
「そうなのよ。母が体調を崩して、明日から山形に行くの。それで、今日は清正に無理を言って汀を連れてきてもらったんだけど」
「大丈夫なんですか?」
「風邪をこじらせただけみたいだけど、年が年だから、一度様子を見に行ってみようと思って」
今年、九十になるのだと聡子は言った。
「向こうに行ったら、そのままいることになるかもしれないわね」
年老いた母親を呼び寄せるより、身軽な聡子が故郷に戻ったほうが、負担が少ないと言う。
「でも、そしたらこの家は?」
「ゆくゆくは売ることになるかしらね。清正が住むなら残しておきたいけど……」
期待はしていないと聡子は肩をすくめる。
汀の世話は聡子が引き受けるから、戻ってきて一緒に住めばと勧めた時も断られたのだからと。
「でも、確かに、ここで私と暮らしたりしたら、再婚しにくくなるわね。あの子、昔からずいぶん女の子に人気があったけど、コブ付きババ付きじゃ、さすがに相手を探すの、大変かも」
聡子は笑った。
再婚……。
いつか、清正は再婚するのだろうか。まだ二十七なのだから、しないとは言いきれないだろう。
「とりあえず、今回は一週間か二週間、向こうにいることになると思うの。お庭のことが、ちょっと心配だけど……」
「あ……」
少し考えてから、時間がある時に自分が庭の世話をしてもいいかと聞いた。
「でも、忙しいでしょ?」
「今、フリーだから時間は自由だし。たまに水をやるくらいしかできないですけど……」
「本当にお願いしていいなら、助かるわ。それだけが、どうしても気になってたから」
「なるべく毎日、様子を見に来ます」
光の言葉に「できる範囲でいいのよ」と聡子は念を押した。
清正の分の夕食を持ち、小さなコートで包んだ汀を抱き上げた。クルマまで送ってきた聡子が、汀と光を見比べてしみじみと言う。
「こうやって見ると、汀って清正より光くんに似てる気がするわ。全体に華奢で色が白いとことか、髪の色や目の色が明るいところとか」
光と汀が親子だと言っても、きっと誰も驚かないと、聡子は真顔でそんなことを言った。
光に似ているのではなく、汀を産んだ人に似ているのだろう。
そう思ったけれど、言葉にはしなかった。
後部座席に取り付けたチャイルドシートに汀を寝かせ、聡子が手渡した毛布をそっと掛ける。
天使のような寝顔を少しの間二人で見下ろし、挨拶の言葉を交わした。
すっかり暗くなった街を清正のマンションに向けて走りだす。
五月の薔薇と青いベンチ。
美しかった庭を思い浮かべ、あの家が知らない誰かのものになってしまったら、やはり自分は悲しいのだろうなと思った。
ともだちにシェアしよう!