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【7】-1
久しぶりに薔薇企画から仕事の依頼が来た。
朝、清正や汀と一緒に家を出て本社に向かうと、打ち合わせ用のブースにサブチーフの井出がひょいと顔を見せた。
「あ。どうもー」
井出は三十五歳の中堅デザイナーで、中肉中背の見事に特徴のない風貌に対して、ノリだけはやたらと軽い独身男である。
作るものもどこまでも軽かった。
細部にまで独特のポップさが貫かれていて、光はその軽さを気に入っていた。井出のデザインにダメを出したことはなく、そのせいかどうか知らないが、井出は光に親切だった。
「悪いねー。淳子さん、例のコンペで頭がいっぱいみたいでー。しばらく僕が担当しまーす」
「内容わかれば、誰でもいいです」
松井が担当していた時も、依頼の指示はほとんどアシスタントに任せていた。今さら誰が打ち合わせに来ても大した違いはない。
ツーシーズン先に当たる秋口からのファブリックや食器類、ハロウィン、クリスマスと続くイベント用の雑貨など、今後の商品展開の概要を一通り聞いた。
その中で、光にデザインを依頼したいものを井出がピックアップした。社内で企画するものとは別のラインになるので、自由に提案してくれると助かると言われて頷いた。
短いやり取りだけで、おおよそのスケジュールを決めていく。
「此花くんが相手だと、ほんと、やりやすいよねぇ」
急に発注担当を任されて、とても苦労しているのだと井出は愚痴を零し始めた。
腹にものを溜めないのも井出の特徴だ。
毒を含む前に吐き出される愚痴にもどこか軽さがあって、聞いていても苦にならない。
言葉に棘があると言われる光からすると、驚異的な能力である。
ひとしきり言いたいことを言うと、今度は噂話を始める。興味はなかったが、席を立つタイミングを掴み損ね、半分、上の空で聞いていた。
「淳子さんさー、忙しいのはコンペ作品のせいだけじゃないんだよねー」
打ち合わせたばかりのデザインについて考えながら、適当に頷いていた。光がろくに聞いていなくても井出は全く気にしないので、ある意味気が楽だった。
「あの人さ、ずっと社長を狙ってたんだけどさ、最近やっと乗り換える相手を見つけたらしいんだよね」
「社長って……、あの社長? 堂上?」
視線を上げて聞くと、「もちろんそうだよ」と井出が頷く。
「淳子さんが入ってきた時さ、えらい美人が来たってんで、みんなけっこう盛り上がったの。でも、もう最初っから、雑魚は眼中にありませんて感じで、社長一直線」
元ミスなんとかで、仕事もできたし、自分に自信があったのだろうと井出は続ける。
井出は松井の一つ先輩で、二人が入社したのは十年以上前のことだ。
会社は今ほど大きくなかったが、当時から堂上は成功した実業家の一人として注目されていた。
「若いし、見た目はいいし、なんだか謎に品があるでしょ。お金も地位もこれからどんどん手に入るし、決まった恋人はいないし、そりゃあすごい人気だったんだよ、うちの社長」
今もそうだけどね、と井出は言い、とにかく近付く女性が後を絶たなかったのだと、当時の堂上について語った。
そして、その中で、松井は一定の地位を掴んでいたのだと言った。
最初は仕事で存在感をアピールし、堂上の視界に入ることに成功すると、女性の部分を前面に押し出すようになり、あっという間にライバルたちを蹴散らしたのだそうだ。
当時から気の強さとプライドの高さはすごかったらしい。
「仕事の上でもプライベートでも親密な感じで、似合いの美男美女のカップルって言われて、ゴールは目前かって噂もあったんだよね」
ところが、堂上のほうには全くその気がなかったのだと井出は肩をすくめる。
「何年経っても、それ以上の進展はなかったんだよねぇ」
結局松井も、他の女性たちと同じで、本人が空回りしていただけだったのだ。
「そこに、此花くんが登場して」
「え、俺?」
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