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【8】-3

 まだ残っていた何人かの母親に、もう一度軽く頭を下げてその場を離れた。  子どもたちが口々に「みぎわちゃん、ばいばい」と声をかけてくる。汀も「ばいばい」と、嬉しそうに手を振っていた。 「またあそぼーね」  元気に「うん」と頷いて、力いっぱい小さな手を振り返す。  帰り道、「ひかゆちゃん、またくゆ?」と汀に聞かれ、そうだなと頷いた。 「また来よう」  汀は満足そうな笑みを顔いっぱいに浮かべ、ハナちゃんは砂を固めるのが上手で、カズくんはトンネルを掘るのが上手なのだと、拙い口調で一生懸命、光に教えた。 「みぎわは、ぷりんがじょーじゅなの」  プリンというのは型抜きのことだろう。  自分が指導したのだから当然だと、ひどく誇らしい気持ちになって汀の手を握り返した。  ただ見ていただけなのに、とんでもなく疲れた。けれど、汀の嬉しそうな顔を見れば、連れてきてよかったと思ったし、また連れてこようと思った。  上沢の家に戻ると五時を回っていた。  いつもより早めの夕食を食べさせ風呂に入れてやると、いくらも経たないうちに汀は目を擦り始めた。  二階に連れていって清正のベッドに寝かせると、すぐに寝息を立て始めた。  十分に遊んで満足したし、同時に疲れたのだろう。無垢な寝顔を見下ろして、一人になってしまったなと思った。  午後いっぱい汀のことだけ考えて過ごしたが、一人になると、昼間、薔薇企画のエレベーターホールから見た光景が心の中によみがえった。 (なんで、淳子と……)  清正はまだ帰ってこない。「しばらくの間、帰りが遅くなる」と言われていたから、清正の帰りが遅くても気にしたことはなかった。  けれど、今日はどうしてか、時計の針にばかり目が行った。  仕事でもしようと考えて、座卓の上にスケッチブックを広げた。  打ち合わせをしている間に浮かんでいた秋口の食器のアイディアを、白いページにいくつか描いてゆく。ざっくりとしたイメージから細部を調整し、自分の中にあるアイディアを形にしていった。  集中していると時間を忘れることができた。ある程度のところまで進めて、時計の針を見ると、また心がざわざわし始めた。 (まだ、帰ってないのか……)  そのざわざわを無理に遠ざけ、別のことを考えようと思考を巡らせる。  堂上のコンペに出す作品にも手を付けなければならない。  何を作るかは自由だと言われた。  食器でも調理器具でも収納雑貨でも、あるいは文具の類でも、詰め替え用のボトルや洗濯用のカゴでも、椅子やテーブルやチェストなどの家具類でも、なんでもいい。  試作品をいくつか出すなら、家具は無理だろうとツッコむと、『その場合は臨機応変で』と堂上は笑った。  試作品の有無も評価に影響するだろうが、なくても構わない。ただしテーマだけは大事にするようにと、堂上は言った。  テーマは「恋」だ……。

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