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【9】-2
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結婚を口にしたのは清正で、離婚を望んだのは朱里だったと聞いている。
妊娠を知っても朱里は清正に結婚を望まなかった。認知さえしなくていいと言ったそうだ。
一人で育てるし迷惑はかけない。知らせないわけにはいかないから知らせに来たと言って。
朱里がそれを伝えに来た時には産み月が翌々月に迫っていた。否と言えない時期まで黙っていたことを、彼女は詫びたという。
そして、どうしても生みたかったと言って深く頭を下げた。
そんな彼女に清正のほうが籍を入れようと申し出た。
年の瀬に婚姻届けを出し、明けて、|一月《ひとつき》余りが経った二月の初めに汀は生まれた。
入籍と汀の誕生。そのどちらも、光は清正からの短いメールで知らされた。
写真も添えられていない文字だけのショートメール。それに、自分がどう返信したのか覚えていない。
一番の親友の結婚と、第一子の誕生。なのに、どう祝ったのか一つも覚えていなかった。
二人が別れた時も同様だった。
離婚の理由は聞いていない。
一人ででも生んで育てると言った大事な汀を、朱里は清正に残した。汀を連れていくなら別れないと、清正が言ったからだ。
彼女は今、月に一度しか汀に会うことができない。
芯の強い人なのだろう。
なぜ、汀を手放してまで清正と別れたかったのか、いつか会えることがあれば聞いてみたい気がする。
実際に聞けるかどうかはわからないけれど。
汀に初めて会った時、着ていたベビー服にはあまり上手ではない刺繍で名前が縫い取られていた。
保育所に預けられる汀のために朱里が付けたものだ。不格好な形の「みぎわ」という文字を目にした時、どうしてか光は泣きたくなった。
針を持ち慣れた光ならもっと綺麗に名前を入れられる。けれど、こんなに美しいものはきっと作れない。
どんな気持ちで彼女がその文字を刺繍したのか、どれほど汀を愛していたのかと思うと、何を競うわけでもないのに敵わないと思った。
くたびれたリュックは、その人が作ったものだ。
不器用な刺繍で「みぎわ」と名前が記されている。
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