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【10】-2
本当はずっと痛かったのだと思った。
清正が誰かといるのを見るたびに、どんなに慣れても苦しかった。
光の知らないところで、清正が誰かに笑いかける。そう思うと、心が痛かった。
光が泣くたびに慰めてくれる広い胸に誰かを抱き、光の髪を撫でる指で誰かに触れる。
そのことが苦しかった……。
そこまで考えて、心が悲鳴を上げた。
これ以上は何も考えたくなかった。ぎゅっと目を閉じて、汀の温かさにすがるように小さな身体を抱きしめた。
「光……」
髪を梳かれながら名前を呼ばれ、はっとして目を開けた。
「泣いてるのか?」
髪を撫でていた手が頬に滑り下りた。
光が泣く度に、清正は優しく宥めるように触れる。親指の先で唇を弄られると、いつも心臓が苦しくなった。
黙って見上げていると、視線を唇に落としたまま清正が顔を近付けてきた。
このまま目を閉じれば、夢の続きが見られるのだろうかと、儚い誘惑に囚われたくなる。
「光……」
清正が光の上に覆いかぶさるように身体を倒す。光の耳の下に唇を押し付けた。心臓が大きく跳ねた。
息が止まる。
もうダメだ……。心が叫んだ。
けれど、詰めていた息を吐き、再びそれを吸い込んだ時、覚えのある甘い香水の匂いがかすかに香って、ギクリと身体が強張った。
清正の胸を押して、考える前に言葉を発していた。
「清正……、淳子と会ったのか?」
「……どうして?」
「匂いがする。淳子の、香水の匂い」
至近距離から光を見下ろしていた黒い目に、奇妙な光が宿った。
「そんなに、気になるのか」
どこか怒ったように光を睨み、清正は、汀から引き剥がすように光の身体を引き寄せた。
そのまま強く抱きしめてくる。
「清正……」
「あんな女のどこが……っ」
吐き捨てるように発した清正の言葉の意味が分からなかった。胸に手を突いて身体を押し返すと、顎を掴まれて正面から目を合わせられた。
噛み付かれる、瞬時に思ってぎゅっと目を閉じた。
「……ひかゆちゃん?」
汀の声に、はっとした。
目を擦りながら、汀がこちらを見ていた。
「汀……」
清正を押し退けて汀を抱き寄せた。
「ひかゆちゃん……」と口の中で呟くと、汀は再び穏やかな寝息を立て始めた。
気まずい沈黙の中、身体を起こした清正が部屋着に着替え始める。スーツを脱いでネクタイを解き、ワイシャツ一枚になりながらポツリと言った。
「そのままそこにいるなら、何をされても文句言うなよ」
光はベッドを出た。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
「下に、行ってる」
返事をしない清正を残して、ふらふらと階段を下りた。
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