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【10】-3

 和室のテーブルで布地のサンプルを広げていると、ワイシャツの上にジャージを羽織った清正が降りてきた。  家の中で、清正はいつもジャージだ。  光に背中を向け、自分が作った夕食を冷蔵庫から出して、レンジで温め始める。適当な格好で地味な作業をしていても絵になるのだから、背の高い男は得だと思った。  長い足を投げ出して、清正は無言でダイニングテーブルに着いた。  不機嫌だ。  その理由が光にはわからなかった。    それに、光の中にも黒いわだかまりがあった。  汀のために何かするのは少しも嫌ではないけれど、清正が女性と遊ぶために汀を預かるのは、なんだか違うと思った。 「仕事だって言ってたくせに……」 「仕事だよ」 「嘘つくなよ。淳子に会ってたんだろ」  言葉が勝手に口を吐いた。背中を向けたまま気配を探ると、低く不機嫌な声がぼそりと言った。 「そんなにあの女のことが気になるのかよ」  黙っていると「忘れられないくらい憎いのかよ」とさらに低い声で言った。 「憎いのは憎いよ。でも、今、そういう話はしてないだろ」 「じゃあ、何の話だよ」 「昨日の昼も、『ラ・ヴィ・アン・ローズ』にいただろ。二人で」  我慢ができなくなって立ち上がり、テーブルの向かい側に行ってドスンと腰を下ろした。  正面から睨むように見ると、清正が目を伏せた。「ああ」とどうでもいいような返事をして、サバの西京漬けに箸をつける。  そして意味のわからないことを言い始めた。 「……光、あの女のどこがよかったわけ?」 「どこもいいわけないだろ。だいたい、付き合ってるのは清正……」 「誰が、付き合ってるんだよ」 「だって、昨日も見たし、今日だって香水の匂い付けてきたし、薔薇企画で噂も聞いた」 「付き合ってるわけないだろ。そんな暇ねえよ。それより、さっきの『どこもいいわけない』って何だよ。匂いでわかるくらい惚れてて、殺したいほど好きだったんだろ」 「なんで、そうなるんだよ」  本当に、マジで、意味が分からなかった。  清正は「部屋に来るような相手で、それなのに、裏切るようにデザインを盗んで光を捨てたから、あの女を憎んでるんだろう」と続けた。  バカかと思った。 「全然違う」 「あの女に惚れて……」 「ないからっ!」  ドン! とテーブルを叩くと、茶碗と箸を置いて清正が背筋を伸ばした。 「あの女が好きなんじゃないのか?」 「好きなわけないだろ。なんでそうなるんだよ」 「付き合ってたんだよな?」 「だから、付き合ってるのは清正だって……」  話が堂々巡りになりかけたところで、「誰があんな女」と、二人同時に吐き捨てた。

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