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【10】-4

「部屋に来るような関係だって言ったじゃないか」 「薔薇企画は取引先だし、あいつはチーフで依頼窓口なんだよ。だけど、俺のこと嫌ってるから、あの時に来たくらいだ」 「なんで『あいつ』とか『淳子』とかって呼んでるんだよ」 「嫌な奴だからに決まってるだろ。俺だって、あんなことされる前は、一応『淳子さん』とか『あの人』とかって呼んでたよ。なんなら雌ブタって呼んでもいいけど、それだとブタさんが可哀そうじゃないか。何の罪もないのに」  清正は再び茶碗を手に取り、じっと米の粒を見つめた。 「……確かに、ブタさんに失礼だな」 「そうだ。失礼だ」 「失礼すぎる」  同時に視線を落として黙り込んだ。  清正がズズッと音を立てて豆腐の味噌汁を啜った。何回も温め直してくったりしてしまった長ネギを、箸で掬って口に含む。  光はほうじ茶の入った湯呑を手に取り、やや温くなったそれをごくりと飲んだ。 「デザインを盗むためにおまえに近付いて、騙して付き合って、その上捨てたから怒ってたんじゃないのか? デザインを盗まれたことなら前にもあっただろ……?」  そっくりそのままデザインを盗用されたことが過去に二回ほどあった。  美大の課題と小さいコンペ、どちらの泥棒も他人の作品で得た評価で満足し、自分の手柄のように得意げに振る舞っていた。  彼らが何をしたかったのか、未だにわからない。  製品化するようなものでもなく、その場限りで終わる程度のものだった。面倒くさくなって、どちらも相手にしなかった。  それに、盗んだだけなら別にいいのだ。  そう言うと、清正が食事の手を止めた。 「じゃあ、やっぱりあの女だから憎いのか」 「違う。盗みたければ、盗めばいいって言ってるんだよ。何も生み出せないくせに目立ちたい奴なんか、いくらでもいる」 「ちょっと待てよ。それなら前の時と同じだろう。なんでそんなに怒ってるんだよ」  光はまた泣きたくなった。 「あれは……」  あの照明器具は、あんなふうに作りたかったのではないからだ。あんなものになるはずではなかった。  松井が変えてしまった部分を思い出すたびに、心が張り裂けそうになる。 「あのランプが汀の近くにあったら、俺は安心できない。重いし硬いし、コーナーが尖ってる。硝子は割れると危ないし」  自分はあれを特殊なアクリル樹脂と和紙とで作るつもりだったのだ。  角の部分は尖らせず、シャープさを残しながら安全にカットを入れてもらうよう村山に頼んであった。  暮らしの中で使われる「商品」を作るのが、光の仕事だ。美しければそれでいいというものではない。  道具として理にかなっていること、生活の中で安全に、かつ快適に使えること、清潔さを保つのが容易なこと、それら全てを考慮して細部まで考えている。 「なのに、あいつは硝子で作った。硝子が悪いって言ってるんじゃない。だけど、ラ・ヴィ・アン・ローズに来るお客さんは、小さい子どもがいることが多いんだ。コーナーをカットするくらいのこと、ちょっと気を配ればできたはずなのに、それもしなかった。  デザインを一切変えたくないって言ってるんじゃない。変えたほうがよくなるなら、いくらでも変えるよ。だけど、俺が知らないうちに勝手に変えて、全部めちゃくちゃにされるのだけは、絶対に嫌だ」  許せない。  死んでも、許せない。  絶対に。  光が何を大事にしたのかも理解しないで、松井は勝手にデザインを|改竄《かいざん》したのだ。  魂を殺されたようなものだ。それが苦しいのだと言って、唇を噛んだ。

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