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【13】-1
翌朝、光がリビングに下りていくと、清正はすでに起きていた。
朝食の準備もしっかり整えてある。朝から汀の好物である五目稲荷が並んでいた。
「汀を起こしてきてくれるか」
「おまえ、何時に起きたの? ほとんど寝てなくない?」
大丈夫か? と聞くと「全然平気だ」と笑ったが、清正の目の下に隈ができていた。
二日酔いと寝不足のダメージをしっかり受けている。
「あの職場、飲みが激しいんだよ」
「そうっぽいな……」
プチ歓迎会とやらであれだけ酔うなら、本格的な飲み会はどんなものになるのだ。想像するだけで恐ろしい。
ふと、また酔っぱらって昨日みたいなことをされるのだろうかと考えて、心臓がドキドキしてきた。慌てて、汀を起こしに二階に駆け上がった。
五目稲荷を見て、汀は喜んだ。一口頬張り、頬に手を当てて「おいちいぃ」と幸せそうに笑う。
みそ汁はめずらしくインスタント。自分の分だけさりげなくしじみ汁にしているところが涙を誘う。
「つきあいもあるだろうけど、あんまり無理するなよ」
「ああ」
「今日も遅くなりそう?」
「なるべく早く帰らせてもらう。誕生日だもんな」
清正が汀を見ると、ほっぺたに米粒をつけた汀が聞いた。
「おたんじょーかい、しゅる?」
「ああ、丸いケーキ買ってくるから」
きゃあっと汀は歓声をあげた。「まゆいけえき」と繰り返して、椅子の上でぴょんぴょん跳ねる。
「危ないぞ」
光と清正が同時に言い、汀は慌てて跳ねるのをやめた。
「じゃあ、駅までよろしくな」
「うん」
汀と一緒に玄関で清正を見送った。清正が汀の頭を撫でる。
「いい子にするんだぞ」
朱里との待ち合わせ時間は十時だ。
それまでの間に朝食の片付けと掃除を済ませ、庭の水やりをした。汀は一人で着替えることに挑戦している。
「大丈夫か」
「らいじょぶ。みぎわ、よんしゃい」
ボタンを一つ留めたところで、指を四つ立ててみせる。
光が笑うと、汀は真剣な顔で続きに取り掛かった。
汀を見守りながら、とうとう、この日が来てしまったなと思った。
落ち着かない気分で、壁の時計を何度も見た。早く時間が経ってほしいのか、それともこのまま止めってしまってほしいのか、自分でもよくわからなかった。
光の気持ちがどうであろうと、時間はいつもどおり進んでいった。
「そろそろ、行くか」
意を決して汀に声をかける。
「あーい」
汀は元気に返事をした。
シャツとズボンを直してやり、よそゆきの新しいコートを着せた。
フード付きのキャメルのコートは、どこか大人っぽいデザインなのに、小さい汀によく似合っていた。
もう一度顔を拭いてやり、髪を梳いてやると、汀は小さな紳士のようになった。
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