68 / 119

【14】-2

 集中力を要する作業なので公園には行かず、家の砂場で黙々と挑戦している。  光も極力黙って見ている。  立春を迎えたとはいえ、外の砂場で冷たい水を使って作業を続けているので、汀の両手は真赤だった。  昨日の土曜日、一日その様子を見ていた清正は「誰に似たんだ」と、やや呆れたように笑っていた。  数日前の節分で撒いた豆が庭に散らばっている。それを鳥が拾いに来る。  食べ物の少ないこの時期、鬼うち豆が生きものたちの貴重な食料になると教えたのは聡子だった。  聡子の故郷の雪国では、秋にいくつか残された木の実も春を迎えるまでにほとんど食べ尽くされてしまう。  雪が融け、草木が芽吹いて虫が動き出すまでの、あとほんの少しの間、春を待つ命をつなぐのは鬼を祓う豆だ。  だから「鬼は外」は盛大に三回、「福は内」は控えめに二回。  災いを祓えば福は小さくても十分幸せなのだと言っていた。 「光、ちょっとクルマ借りていいか」  テラスドアの陽だまりに立って、清正が聞いた。 「いいよ。買い出し?」 「ああ。汀は忙しそうだから、俺一人で行ってくる。汀を頼むな」 「了解。気を付けて」 「ああ。昼までには戻る」  清正が出掛けてしまうと、青いベンチに座ってコンペのデザイン画に手を入れ始めた。  黙々と作業を続ける汀の背中を見ながら、どら焼きがあと一つ冷凍してあったなと考える。集中が切れた頃に、解凍して食べさせてやろうと思った。  美味しいと評判なだけあって、『どら屋』のどら焼きは豆の風味が豊かで、あんこの甘さもほどよく、皮はしっとりして厚すぎず薄すぎず、実に絶妙だった。  しかも大きな栗がまるごと一つ、ずっしりと詰まったあんこの真ん中に入っていた。『どら屋』では栗入りが標準なのか、清正がもらってきたものにも、朱里がくれたものにも大粒の栗が入っていた。 汀の様子を見ながら、光はスケッチブックに絵筆を走らせた。  それぞれの作業に没頭しているうちに時間が過ぎてゆく。絵筆を洗うために立ち上がった時も、汀はまだ集中していた。  今まさに三段目を載せようというところだった。  下の段の砂の固さを真剣な目で確かめ、一番小さい丸型の中に砂を詰めている。    砂は湿りすぎることなく、しっかり固められているようだった。下の二段も安定している。  今度はうまくいきそうだなと思いながら、テラスドアを開けてリビングに入った。  レンジでどら焼きを半解凍にしながら洗面所で筆を洗っていると、大きな声で汀が呼んだ。 「ひかゆちゃん。みてー!」 「成功か?」 「しぇーこーちたーっ!」  やったーっと叫びながら、家の中まで光を呼びに走ってきた。 「ここまで来たなら今のうちに手を洗おう。どら焼きあるし、食べながら見よう」 「どややき?」  うひひ、と笑う汀の手にハンドソープを付け、冷たくなった赤い手を温かい湯で綺麗に洗った。  タオルで手を拭かせてから、「どれどれ」とリビングを横切りテラスドアに向かった。  先に立って駆けてゆく汀が床の陽だまりを通り過ぎた時、レースのカーテン越しに人の影が揺れるのが見えた。  一瞬清正が帰ってきたのかと思ったが、玄関が空いた気配はなかったし、買い物をしてきたなら直接庭に回るのはおかしい。  急いで汀に追いつき、抱き上げた。

ともだちにシェアしよう!