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【15】-5
村山樹脂に打ち合わせに行くと、コンペのために頼んであった人工コランダムの見本が届いていた。
村山の手からそれを受け取った光は、目を大きく見開いた。
想像以上にサファイアだ。
「透明度も光の屈折率も理想的」
「大きさや形も、ある程度、自由が利くらしいぞ」
工業製品として取り扱ってもらえるので価格も良心的だった。
「色味も変えられるらしい。もう少し濃いほうがいいとか、逆に透明に近いほうがいいとか、希望があれば調整するってさ」
「今のままでいい。このままがいい」
「そうか。だったら、こっちの準備はだいたい完了だ。あとは銀細工を届けてくれれば、始められる」
光は頷き、来週末か再来週の頭には届けると約束した。
都心に戻り、薔薇企画を訪ねる。打ち合わせに出てきた井出は浮かない顔をしていた。
「チーフ、辞めるんだって」
「へえ……」
松井が辞めることがそんなにショックなのだろうか。井出がそこまで松井を慕っていたとは、意外だ。
「本人は引き抜きだって言ってるけど、新しい事務所がどこか言わないんだよね」
松井を堂上の元まで送り届けた井出が、事情をどの程度把握しているのかは知らない。
松井の立場が悪いことは、さすがに察しているだろうが。
「今度の勤務先、あんまり気に入ってないんだと思うな」
そう言って、深いため息を吐く。
「プライド高いから、ウチよりいいとこじゃなきゃ名前なんか出さないよね。でも、そんなとこ、そうそうないもん。だいたい引き抜きっていうのも怪しいしさ」
自分から売り込んだんだよと、珍しく意地の悪い言い方をした。
「急いでたんだよ。今ならまだ履歴書にウチのホームページのアドレスが書けるし、なんならまるごと、あの立派なプロフィールを送信したっていいわけだもん。クビになる前に、新しい仕事を探したかったんじゃない?」
「クビ? そこまでできるの?」
一度目の時は証拠がなく、二度目は未遂だ。
クビになんかしたら、あの松井のことだから、むこうから訴えてきそうである。
だが、井出は思いがけない話を始めた。
「いいデザイナーさんを淳子さんが切るって話、しなかったっけ?」
「聞いたかも」
「此花くんだから言っちゃうけどね、ここだけの話、淳子さん、けっこうエグイことしてたっぽいんだよね」
声をひそめて井出が語った内容は耳を疑うものだった。
地方の小さな窯元、ステンドグラス作家、皮革製品の工房などから、自社製品と酷似した商品がラ・ヴィ・アン・ローズで売られているという訴えが、以前からあった。
けれど、それらはどれも、言われてみればよく似ているという程度のものだった。デザインのオリジナル性という点を争えば、模倣と判断するのは難しいレベル。
窯元のオリジナルコーヒーカップと質感や形状がよく似たカップ、ステンドグラス作家の作品と同じモチーフと色合いの硝子製品、皮革工房で売られている財布と同じパターンのパッチワークで作られた合皮製品。
そういうものがラ・ヴィ・アン・ローズで売られていた。
それらのデザインを担当したのは松井だった。
「でも、訴えがあっても、うちの商品のほうがそれなりに垢ぬけてたりしたから、盗作じゃないってつっぱねてきちゃたんだよね。でも、何回も同じことがあると、さすがにさ……」
何度も同じところから苦情が来れば、偶然を主張するのは難しくなる。
次に松井が利用したのが、若手の外注デザイナーだった。彼らの作品の中から使えそうなものを盗んで改変していたらしい。
デザイナーがデザインしたものを盗んだのだから、当然、もっと強く、はっきりとした苦情が来た。
その時に松井が放ったという言葉を聞いて、光は背筋を凍らせた。
自分は盗作も模倣もしたつもりはない。参考にした部分はあるし、影響も受けたかもしれないが、それは普通のことだと言ったらしい。
何も参考にせず、誰からも影響を受けない者などいないはずだと。
そして、そのままでは使えないデザインを、手を加えて製品化できるレベルにしたのだから、これは自分の作品だと言い切ったそうだ。
ありえない。
当然デザイナーたちは怒った。
「でも、下請けさんでしょ。何も言えない人も多くって……」
抗議を口にした者は仕事を切られ、切られたらほかで仕事をもらえない者が、我慢して口を噤み、残った。
「どんどん外注さんの質が下がっちゃってね」
「ひどいな」
ひどすぎる。
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