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【15】-6

 人の創作を何だと思っているのだろう。  仮にどこか変えたほうがよくなるなら、ハッキリとそう言えばいいではないか。全然ダメなら作り直せと言えばいい。  すでにある創作物を改変することと、一からものを創ることとは根本的に違う行為だ。  世界に溢れる美の中から何をどう表現するかが創作なのであって、他者が表現したものを盗み、あるいは真似て、勝手に作り変えたものを自分の作品だと言える神経が理解できない。  しかも、松井は盗んだ相手から仕事を奪っている。 「社長のほうでも、いろいろ調べてたみたい。もし盗作したことが表沙汰になれば、会社のほうもただじゃすまないもんね……。でも、ほとんどのデザインはアレンジしてあって、訴えられても負ける可能性があるのは、一部だけなんだって。今は、その処理に追われてるよ」 「一部って……、ふつうに全部アウトだろ」 「それがそうでもないんだよ。訴訟なんかになると、証明するのはビミョーらしいよ。似てるデザインなんていくらでもあるから」  誤魔化して逃げ切ることができるという。  嫌な話だ。 「今回はスマホの写真もあったし、社長が本気出したからね。さすがの淳子さん全部白状したみたい。だけど、まだ、さっきみたいな理由で、自分がデザインを完成させたって思ってるとこがあるっぽいよ」 「意味わかんないな」 「面倒だよね」  井出はまた大きなため息を吐いた。  日ごろの軽さがすっかり影をひそめていて、どうも調子が狂う。 「えーと、そしたら新しいチーフって誰がなるの?」 「だから、そこなんだよ。新チーフ、俺なんだよー。今、サブだもん」 「え、そうなんだ……。それは、おめでとうございます」 「おめでたくなんかないよ。それ嫌味で言ってるよね」  そんなつもりはなかったが、どうも井出の憂鬱は昇進したことを原因にしているらしかった。 「出世なんかしなくていいんだよ。面倒なことをしないで済むほうが、よほどありがたいんだから」 「ああ。それは……、わかるかも」 「わかってくれるー?」  泣きつかれて、こくこくと頷いた。  じゃあ、そろそろと言って、席を立とうとしたところで、顔を知らない新人らしいデザイナーから、奥の社長室に寄るようにと言われた。  硝子張りの社長室では堂上が一人で待っていた。応接用のソファに座るよう促されて、改まった話なのだろうかと思った。 「まず、光の友だちの七原くんにお礼を言っておいてくれるかな」  松井のスマホから盗作の証拠が見つかったと、堂上は言った。  本人立ち合いの元でカメラの中身を開示させたらしい。  光のスケッチブックも撮影されていて、日付も光が言っていた時期と一致したということだった。  その後は、井出から聞いた話とほぼ同様のことを説明し、最後に「一応、確認なんだけど」と切り出した。 「光、会社を訴えたりしない?」 「なんで俺が訴えるんだよ」  堂上は、あの照明器具だけは言い逃れができないと言った。 「素材以外、デザインの変えようがなかったんだろうね。あれ以上のものはないから。つまり、明らかな盗用だ」  すでに一部店舗で販売もしてしまった。光に訴えられたら、勝てないと言った。  珍しく真面目な顔をしている。 「別に、訴えないよ」  訴えても何も戻ってこない。  せめて、多くの品物が世に出回る前に店から撤去されたことが幸いだ。その点については、光を信じた堂上に感謝している。 「とてもいいデザインだった。本当にすまなかった」  光は一度顔を歪めて、泣きそうになるのを堪えた。   「コンペの準備は順調かい?」 「まあな」 「楽しみにしてるよ」 「うん」  軽く頷いて、ソファから立ち上がった。  堂上が自ら硝子のドアを開けて、光を見送る。 「光にとっての『恋』がどんなものか見せてほしい。ずっと大切に隠していた、一番綺麗なものを」  堂上の顔を見上げ、この男はいったいどこまで先のことを見越して、ものごとを運んでいるのだろうと思った。  まるで、光が古い扉の鍵を開けることを、初めから知っていたかのようだ。  清正を動かしたのも、そのためだったのだろうか。光が自分でも知らずに隠していた秘密を見抜き、それを差し出させるために。  自分が売りたいと思うものを作らせるためなら、堂上は何でもする。  この貪欲な男は、光の中にある一番綺麗なものを、形にして差し出せと言っているのだ。

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