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【16】-4
抱き合うことは気持ちいい。
キスも気持ちいい。
覚えたばかりの蜜の味は甘く、清正への恋心を自覚した光は、心の中に薔薇が咲き誇るような、きらきらした気分に浸っていた。
自宅マンションと清正のマンションに寄り、軽く空気を入れ替え、掃除をする。
その時だけは、小さな不安が顔を覗かせた。
この先、自分たちはどうすればいいのだろう。
光は、清正と汀と三人でずっと一緒に暮らしたいと思い始めていた。けれど、それは本当に可能なことだろうか。
銀細工の花を作りながら、長い間、眠り続けていた「秘密」に思いをはせる。
名前を付けなければ、ないものとして扱えると信じていた。ないものならば、壊れることも失うこともないと。
そう信じて心の奥に封じてきた想いは、名前もなく、生まれた瞬間からそこに封じられていたにもかかわらず、消えることも小さくなることもなく、そこにあり続けた。
そして、扉を開けた瞬間まばゆいほどの光を放って溢れ出してきた。
光の――「恋」。
薔薇の下に隠し続けた秘密。
通常の依頼仕事を終わらせ、再び花の作業に取りかかった。
茎と葉、たくさんの花。
薄い銀で精密に作られたそれらを、デザイン画に沿って形にしていった。出来上がったものをさまざまな角度から眺め、距離を変えて眺めた。
上品でバランスのいい仕上がりになっている。計算通りにできていたし、満足のいく完成度だった。
けれど、光はそれを少しだけ崩してみた。
整った形状を崩すことで、頭の中で考えたものとは別の表情が生まれた。それを何度も確かめ、やがて小さく頷いた。
「もっと、たくさん……」
零れるように、もっと。
もっとたくさんの花を造ろう。
重みを感じるほどの膨大な花と花が、五月の庭には咲いていた。何重にも重なり、密度の高い厚みを持って、それでいて軽やかに咲きほこっていた。
枝がしなるほどの質量があっても、優しく。
ただ零れるように。
凄みさえ感じさせるのに、清々しく可憐に。
もっとたくさん、狂うほどに咲き乱れる花がいい。
何もかも覆い尽くし、そこに大切な秘密を隠したとしても、必要な時が来るまでずっと守ってくれるほどの花が、欲しかった。
村山と約束した期日に間に合わせるため、光はひたすら作業を続けた。
さらに多くの花を一つ一つ丁寧に造り続ける。作業は時間との闘いになっていった。
帰宅した清正に土日の予定を聞いた。
汀を遊びに連れていくなら、夜のうちにもっと作業を進めておきたいと思ったからだ。
「土曜日は、朱里がどこかに連れていく」
清正の答えに光は顔を上げた。
「また?」
今月は、これで三度目だ。
朱里との面会は月に一度と決まっているのに。
光が口を挟むことではないが、こんなことは今まで一度もなかったから、気になった。
「いいのか?」
「ああ。汀も喜んでるし、いいだろ」
清正がいいのなら、光には何も言えない。
汀はまだ四歳だ。
清正が納得していて朱里の事情も許すなら、汀にとってもいいことだ。母親に甘えさせてあげたい。
不器用な刺繍が瞼に浮かんだ。
それを慎重に遠ざけて、光は作業に戻った。
最近の清正は仕事が忙しいらしく、帰宅時間が深夜になることも珍しくなかった。週の半分は、起きている汀に会えない。
光も余裕がなく、なかなかゆっくり話す時間がないまま、日々は過ぎていった。
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