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【16】-5
清正と一緒に達してしまった日から数日が経っていたが、再び肌を重ねる時間はなかなか訪れなかった。
着替えのために二階に上がる清正の背中を見送りながら、光は知らず唇を噛んでいた。
もっと触れ合いたいと思っている自分に気付いて、落ち着かない気分になった。
清正に触れたい。
抱き合って、またあんなふうに気持ちよくなりたい。
清正の唇や指の感触を求めて、それが与えられないことを寂しいと思った。
こんなことばかり考える自分は、少しおかしいのではないかと心配になりながら……。
好きだと思うだけで、胸に甘い痛みが満ちた。
清正を失えば生きられないと、ずっと思っていた。
光を守り、甘やかしてくれる手。その手に光は依存している。清正なしではまともに生きることもままならない。
生活していく上で助けられている。けれど、それだけではなかったのだ。
清正の存在は光の一部なのだ。
どこかとても深い部分で、光を支えている。
それ自体が光が生まれてきた理由や、生きている意味であるかのように。
だから、清正を失えば、光は全部ばらばらになって壊れてしまうだろう。
肌を重ねててしまった今、その想いはもっと強くなっていた。
きっと生きられない。
ずっと、この痛みを知るのが怖かったのだ。
だから、息を詰めて、バランスを保って、怯えるような気持ちで、秘密の場所に隠してきた。
怖さは、胸に満ちる甘い痛みに重なる。その二つは、同じ名前を持っている。
その名を、一枚一枚小さな花びらに託してゆく。
清正への光の思いが花になる。
数十枚の花びらで造る小さな花、それを数百集めて、五月の薔薇のモチーフを完成させていった。
土曜日、汀は新しいリュックに着替えとタオルとおやつを詰め、朱里の待つ駅へと出かけていった。
送り届けた足で買い物をしてきた清正は、帰ってくるとそのままキッチンに立って、一週間分の食事の下ごしらえを始めた。
「光」
和室で黙々と作業する光に、キッチンから話しかけてくる。
「俺、今のマンション解約して、ずっとここに住もうかと思う」
「ふうん」
どうするのだろうと思っていたので、清正の答えを聞くと光は安心した。これで、この家を聡子が手放すことはなくなるだろう。
「いつ?」
「不動産屋に電話したら、すぐに解約の手続きをして二月中に部屋を空けるなら、一ヶ月分の前払い家賃はいらないってさ。三月は人の移動が多いから、二月中に部屋が空くと、都合がいいらしい」
「そっか」
「おふくろも、あったかくなったら荷物を運ぶって言ってた。こっちに置いといても、もうそんなに来ないだろうからって……」
エプロンで手を拭きながら、清正がそばまで来て座った。光が造る花を見て「細かいな」と感心している。
「それでさ、おまえ、どうする?」
「どうするって?」
「今のマンション、事務所を兼ねてるんだろ? 仕事の道具なんかはほとんど向こうに置いてあるんだよな」
「うん。使うものだけちょこちょこ運んだり、向こうで作業したりしてるけど」
清正が右手で光の頬に触れた。視線を向けると黒い目がじっと光を見ていた。
目を合わせたまま、清正が囁いた。
「考えといて」
光はゆっくり瞬きをした。
立ち上がりかけ、ふと思い出したようにかがみこんだ清正が、ちゅっと唇にキスをした。
ふいを突かれて心臓が跳ねる。
舌の先で唇を舐められて甘い疼きがじわりと生まれた。もっと、とねだるように自分から舌を差し出すと、突然深いキスに変わって、喉の奥まで犯される。
「んっ……」
清正のシャツをくしゃっと掴むと、息が止まるかと思うくらい、きつく抱きしめられた。
「ああ……、早くあっちからも入りてぇ……」
「あっち……?」
あっちって、どっち?
軽く眉をひそめると、清正が笑う。
「可愛いな、おまえ。あっちは、あっちだ。めちゃくちゃ奥まで、入りたい」
そのまま押し倒されそうになった時、「ピー!」とやかんの音が鳴った。
まるで、今はそこまでと知らせるような大きな音だった。
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