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【17】-4
今朝、清正は一人で汀を送り届けた。
その時に保育所の職員と何か話しをしたのだろうか。
キラリと、記憶の底で何かが光った。
白く細い指にはめられた透明な石の輝き。
それから徐々に、いろいろなことが頭に浮かんできた。
朱里と汀の面会が増えたこと、迎えに行った時、清正と朱里がどこかの店に入って話をするようになったこと、清正が今の仕事に戻ったこと。
それから……。
上沢の家で暮らすと決めたこと。
それらのことが、汀の言葉と重なり合うようにして輪郭を結び始める。
よりを戻す……。
清正と、朱里が。
保育所での出来事をあれこれ話し続ける汀に、上の空で相槌を打ち、小さな身体を抱き上げてチャイルドシートに乗せた。
機械的にいつもの動作を続けながら、頭の中はフリーズしたまま同じ場所でぐるぐる回っていた。
よりを戻す、よりを戻す、よりを戻す……。
そんなはずはない。
光は自分に言い聞かせていた。
清正は光に「好きだ」と言った。毎日キスをして、抱きしめて、時々身体中に唇や指で触れる。
たった一度だけれど、抱き合ったまま一緒に熱いものを迸らせた。
吐き出した瞬間の、清正の顔を光は見たのだ。
目を閉じて、満ち足りた顔で小さく吐息を吐いていた。額に汗を浮かべて。あんな無防備で淫靡な顔を、清正は光に見せたのだ。
あの顔は光だけのものだ……。
必死でそんなことを考えていた光の背筋に、ふいに冷たいものがひやりと走り抜けた。
(違う……)
光だけではない。
あの淫らで美しい顔を見たのは、きっと、光一人ではないのだ。
何年も女性の影がなかったから忘れていたけれど、清正はかつて次々に付き合う相手を変えていた。
汀という子どもを残しているくらいだ。その付き合い方は、大人同士のものだったに違いない。
光の知らないところで、光の知らない誰かが、清正の無防備な顔を見ていたのだ。
ずっと、離れた場所から清正の彼女たちを見てきた。
清正に近付き、手に入れたと思ってはしゃぎ、やがてあっけなく忘れられるたくさんの女性たちを。
よく考えると清正はひどい男だ。
けれど、清正がひどい男であることに、光はずっと安心していた。清正が誰のものにもならないことに、安心していた。
けれど。
実際には清正を手に入れた人が、一人だけいた。
清正に望まれて妻になり、汀を生んで、やがて自分から清正の元を去った人が……。
朱里の穏やかな笑顔が瞼に浮かび、汀の服に縫い取られた拙い文字がそこに重なる。
その文字を見た日のことがよみがえり、その日と同じようにわけもなく泣きたい気分になった。
敵うわけがない。
清正はどんなつもりで光に触れたのだろう。好きだと言った言葉に、どんな意味があったのだろう。
頭も心も混乱し続けていた。
清正に近付いては離れていった人たちと、光はどこが違うのだろう。
朱里以外の人間は皆、同じなのかもしれない。光も、彼女たちも、変わらない存在なのだ。
みんな清正の前からいなくなった。
光もいつか、清正や汀の人生からいなくなる。
そう思うと、これから何をどうすればいいのか、全部が、何もわからなくなった。
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