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【20】ー4
清正に執着するあまり、松井が汀を連れ去ったということはあるだろうか。
実際には想像がつかなかったが、人のデザインを平気で盗み、勝手に改竄するような、光には理解しがたい神経を持つ人間だ。
誘拐も犯罪だと思わないかもしれない。
もしも松井に連れ去られたなら、汀は今頃泣いているはずだ。
そう思うと、いてもたってもいられなくなった。
薔薇企画の本社ビルに向かい、エレベーターで三階に上がると、デザイン課の入り口に立って声を張り上げた。
「淳子さん、いますか!」
「あれ、此花くん」
通りかかった井出が、カウンター越しに対応する。
「淳子さんなら、二月末で退職したよ」
言われてみれば、そんな話を聞いた気がする。
「連絡先わかりますか。すぐ話したいことがあって」
「調べればわかると思う。あ、それか、まだこれが生きてるかも」
井出はカウンターの真ん中に置かれた固定電話を引き寄せると、短縮ダイヤルを押して受話器を光に差し出した。
コールが鳴るか鳴らないかのうちに、松井が出た。
『ま、松井ですが』
前のめりの、どこか緊張した声だった。
ごくりと唾をのむ音がする。
「此花です。清正のところの汀を知りませんか?」
『……はあ?』
松井の声が急に不快な色を帯びたかと思うと、いきなり怒鳴った。
『ふざけないでよ! あんた、こんな時に、いったい何を言ってんのよ!』
プツッと通話が切れた。
耳がキンとしていた。
横で聞いていた井出が目を丸くする。眉間に皺を寄せた光に「まあ、無理もないけどね」と苦笑してみせる。
「無理もない?」
「やっぱり此花くんだなぁ」
井出が呑気に笑う。
「だって、淳子さん、今日は一日中、この番号からの電話を待ってるはずだもん」
眉間の皺を深くして見返すと、のんびりと続けた。
「だって、今日だよ、発表。絶対、受賞者への電話連絡、首を長ぁくして待ってるよ」
コンペの最終審査が奥の会議室で行われているのだと、井出が説明した。
決まれば夕方のネットニュースでも流れる。結果は今日中にわかるはずだが、受賞者には先に連絡が行くのだと続けた。
「受賞コメントを出す必要があるからね」
新ブランドのいい宣伝になる。
審査は厳正なものだが、誰が取っても大きく扱われはずだと言う。
堂上がしっかり根回ししたからだ。
「ってゆうか、此花くんも出してるんだよね?」
「今、それどこじゃないんで」
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