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【21】ー1

「あ……」  動転しすぎて、すっかり考えが抜け落ちていた。  今は朱里が一緒に暮らしているはずではないか。  朱里は何をしていたのだろう。  清正は、なぜ朱里に頼まなかったのだろう。  そして、なぜこのタイミングで光のスマホに彼女から電話がかかってくるのだろう。 『もしもし? 聞こえますか?』 「あ、はい。聞こえてます」 『汀は、私のところにいます』 「え……」  一瞬、意味が掴めなかったが、『元気にしていますよ』という言葉を聞くと、ようやく頭が回り始めた。 「あ、あの、どうして……」 『今、どちらにいらっしゃいますか?』 「え? あ、上沢駅の近くです」 『では、お手数ですが、そのまま上り電車に乗っていただいて、平瀬という駅で降りてください。そこで汀とお待ちしています』 「平瀬……。わ、わかりました」  平瀬は毎朝通過する駅の一つだ。汀がよく「ひ」という字を見つけて、小さな声で読んでいた。  状況はまったくのみ込めなかったが、とにかく汀は無事らしい。  早く会って、自分の目で確かめたかった。  ホームに駆け下りると、ちょうど上り電車が出るところで、十分ほどでその駅に着くことができた。  平瀬は郊外の主要駅とA駅の間にある各駅停車の駅で、上沢駅よりだいぶ小さく、ひっそりしていた。  乗り換え駅でもないので、下りる人の姿もまばらだった。  鉄骨が剥き出しの簡素な駅舎を出ると、駅前に数件の店が建ち並び、そのすぐ先に昔ながらの雑多な街が広がっていた。  クルマ二台がやっとすれ違える幅の、継ぎ目が目立つアスファルトの道路を渡った向こう側に朱里と汀の姿があった。  すぐ後ろに和菓子の店があり、『どら屋』という木製の看板が出ていた。  汀の頭の上で「どら焼き」と言う字を染め抜いた旗が、パタパタと風にはためいている。 「汀!」 「ひ、ひかゆちゃん!」  光の姿を見ると、クルマの往来も確かめずに、汀が泣きながら走ってくる。 「ひかゆちゃん!」 「汀、道! 危ないじゃないか」 「ひかゆちゃん……」  足にしがみついた汀を抱き上げる。  今度は光の首にしがみついて、汀はわあわあと大きな声で泣き出した。  つられて泣きそうになりながら、小さな背中を軽く叩く。 「心配したぞ……」 「ひかゆちゃ……、ひかゆちゃん……」  泣きながら光の名前を呼び続ける汀が、愛しくて仕方ない。小さな背中をぎゅっと抱きしめて、ふわふわした髪に鼻を埋めた。 「無事でよかった」  朱里がそばまで来ていた。 「よかったわね。汀」  白い左手が汀の頭を撫でる。  透明な石がきらりと光った。

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