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【21】ー6
清正が優しければ優しいほど、誠実であればあるほど、その奥にある諦念や虚無を感じるようになった。
「清正くんは、自分の本当の人生を生きてない。うわべだけ、形だけの『嘘』の人生を生きてる。……私のせいで」
「それは……」
違う、と言いたくて顔を上げた。
それも清正が選んだ生き方だ。
けれど、朱里は小さく首を振った。
かすかに微笑を浮かべて。
「ごめんなさい。そうじゃなかった……。私のせいでって思ったから、別れたんじゃないわ……。私は、嘘の人生を生きてる人と、自分も嘘を吐きながら生きていくのが怖くなったんです」
幸せなふりをして。
まわりも自分も騙して。
一生……。
「汀にも、嘘を吐いて……」
じっとしていることに飽きてきた汀が、光の膝を降りて朱里に抱き付く。
小さな背中を、朱里の細い腕がぎゅっと抱きしめた。
「私の考えを全部話して、別れたいって言ったら、清正くんはただ『汀を置いていってくれ』って言ったんです。私は……」
朱里の声が震えた。
「ママ、おしぇなか、いちゃい」
「あ。ごめんね。汀」
「しゅこしだけ、ぎゅってちて」
「うん」
「だいしゅき?」
「大好きよ。……ママ、汀が大好き」
光は唇を噛んだ。
わさびが効きすぎた時のように鼻がツンとなって、横を向く。
清正は、ひどい男だ。
何度も思ったことを胸の裡で繰り返す。
「でも、私は、清正くんに感謝しています。本当に……」
朱里が続ける。
「戸籍がどうなっているかで人の価値が変わるわけではないけど、汀の人生のスタートに、初めから不利な条件を背負わせずに済みました」
認知さえ望まなかった。
父親のわからない子どもとして産まれてくる我が子を思うと、胸が痛まなかったわけではない。
その汀に、両親の名前が揃った戸籍を与えてくれた。
「それだけでも、あの一年は意味があったと思っています」
その上、と汀の顔を覗き込んで、微笑む。
「こんなにいい子に育ててくれて……」
汀が朱里の顔を見つめ返した。
「ママ、どややきは?」
「あ。ごめんごめん。いただきましょうね」
きゃっと声を上げて、汀が笑う。
段ボール箱をテーブル代わりにして、ペットボトルの日本茶とどら焼きを並べた。
汀が「あいやとぉ」と言って、顔を輝かせた。
朱里の手元に光る指輪を見ながら、光は聞いた。
「それで、汀はどうしてここに……」
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