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【21】ー7

「それが……、汀は、あなたに会いに行こうとしたみたいで……」 「俺に……?」  懐紙を折る手を止めて、光は顔を上げた。  隣の汀はどら焼きの包み紙と格闘している。 「清正くんが、あなたに会わせてくれないって言って……」 「ひかゆちゃん、あけてくらしゃい」  汀がどら焼きの包みを寄越す。  開けて返すと「ありやとぉ」と言って、光が折った懐紙の上にそれを置いた。 「どういうことですか?」 「私にもよくわからないんですけど、たぶん、電車に乗れば光さんのいるところに行けると思ったんじゃないかと……」  歩いて行ける場所に、光はいない。  だから、電車に乗って会いに行こうと考えたのではないかと、朱里は言う。 「それで、どうしてここに……?」  朱里を頼ろうとしたのだろうか。  光の問いに、どうもそういうわけではではないらしいと朱里は答える。 「『どら屋』のご主人が汀の顔を覚えていて、一人でいるのを見かけて私に知らせてくれたんです。でも、私が迎えに行くと、汀はきょとんとしていて……」 『ママ、どうちたの?』  そう聞いたらしい。  だとすると、たまたま来たことがある駅で降りただけなのだろうか。 「ひかゆちゃん」  汀がまた包みを差し出す。 「ん? 中身は?」 「ひ」  汀は短く言って、にこりと笑う。  どら焼きの包み紙を見せて、もう一度「ひ」と言った。  紙の上のほうに書かれた「栗まるごとひとつぶ入り」という文字を指して、にこにこしていたが、急に心配そうな顔になって包みを両手に持った。 「ひ……」 「え? あ、ほんとだ。『ひ』だ。よく読めたな」  汀の両手を包み紙ごと持って「えらいぞ」と笑うと、汀もぱっと笑顔に戻った。  光は、あっと思った。 「ひ……。『平瀬』の『ひ』か」  そして「ひかる」の「ひ」。  毎朝、この駅を通り過ぎる度に、汀が読んでいた文字。その「ひ」という文字と光を結び付けて降りたのかもしれない。  おそらくそうだ。  しかし、たまたま朱里の元に保護されたからよかったものの、降りたのがほかの駅だったらと思うと恐ろしい。  光や保育所の人間だけでは、とても探せないだろうし、危険な目に遭う可能性も高くなったはずだ。 「心配させて……」  息を吐き、光もどら焼きに手を伸ばす。 「無事に会えて、ほんとによかったよ……」  まったりとしかけた時に、朱里が驚くことを言った。 「あの、清正くんは、汀がここにいること、まだ知らないんですけど……」

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