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【22】ー2

 十五分ほどで清正は到着した。 「汀……っ」 「パパ……」  清正の姿を見ると、汀は少し心配そうな顔になった。  けれど、駆け寄った清正にぎゅっと抱きしめられると「いちゃい」と言って足をバタバタさせ、すぐにきゃっきゃと嬉しそうに笑い声を立てた。 「パパ、ママ、ひかゆちゃん」  一人一人、指を差して「みんな、いっしょ」と目をキラキラさせる。罪のない笑顔を前に、やつれた表情の清正が深いため息を吐いた。  荷物のない部屋の真ん中で、段ボール箱の上のどら焼きを食べた。  ようやくあたりを見回す余裕のできた清正が「引っ越し、今日だったのか」と呟く。  大きな荷物は昨日送り出し、今日は細かい手続きと片づけをしていたのだと朱里が言う。 「飛行機、いつ?」 「明日のお昼」 「そうか。すぐだな」  二人の自然な会話を、不思議な気分で聞いていた。  突然、あんこまみれの手が口に伸びてきて、光は身を引いた。 「ひかゆちゃん、あーんちて」 「え?」  恐る恐る口を開くと、栗をまるごと押し込まれる。 「汀……?」 「あげゆ」 「いいのか? 栗……」  栗は汀の大好物なのに。 「あげゆの。じぇんぶ、あげゆかやね?」  ベタベタの手で汀が光に抱き付く。  汀が、ぐしっと泣いた。 「くい。ひかゆちゃん」 「うん」 「あげゆ。ひかゆちゃん、ろこもいかないれ」  ぎゅっとしがみついてくる小さな身体を抱きしめると、ふいに涙が出てきた。 「……どこも、行かないよ」  ポンと背中を叩くと、身体を離して汀が笑う。  顔が少し汚れていた。  ほっぺたの汚れをハンカチで拭いてやりながら、光も汀の口に指を差し出す。 「あーんしてみな」  ぱかっと開けた口の中に光のどら焼きの栗を入れてやった。 「くい……」 「俺の栗は汀にやるから、汀も、もうどこにも行くなよ?」  汀の頬が輝く。  栗をほおばったまま、いっそう舌足らずな口調で「ろこも、いからい」と言って笑う。  それから、うっとりと味わう表情でもぐもぐと口を動かし始めた。

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