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第5話

 タバコから戻ってきた時から、夏樹の様子がおかしい。  きっとまた面倒なことを考えて自爆してるんだと思う。夏樹は自問自答して勝手に不安になって、勝手に泣きだすし、言葉が支離滅裂になる。まあ、その原因に少なからず私が関係してくるとなれば、話は別だ。……しばらく様子見するか。  けいに電話をかけたら、少し寝ぼけている様子だった。起きたてほやほやのようだ。まだ世間的には「早い」と言われる時間だったか? あくびをしている夏樹と目が合う。やっぱり「早い」か。メッセージを送っておけば良いことに気づいたので、電話を切る。 「けいちゃんは何つってた?」 「寝ぼけてるので、メッセージを送ることにしました」 「……おれら、早起きし過ぎだな」 「しかしもう7時半ですよ?」 「『もう』じゃなくて、『まだ』なんじゃねぇか?」  やはり「早い」時間だったようだ。  そこらに放置されたラブグッズをダンボール箱に片付け、部屋の隅に寄せておいた。後で母の部屋にでも運ぼう。夏樹が来た時ぐらいしか使う予定は無い。 「夏樹。今日の予定は?」 「無い!」 「悲しいですね」 「そういうおまえは何かあんの?」 「私は、夏樹で遊ぶ予定があります」 「『で』!? おれ『と』遊ぶんじゃねぇの!?」 「私とお前が対等だと?」 「ぴぇっ!? 睨まねぇでくれ!」 「睨んでないです。普通です」  夏樹はぴょんっと飛び跳ねて驚いた様子だった。  睨んだつもりはない。ただ見ただけ。  夏樹は私より年上だから、敬う相手だと思う。だから、対等ではないはずだ。……対等に接したほうが良い、のか? そのほうが、よりパートナーらしい、か?  加減がわからないな。  頭を撫でてみる。潤んだ瞳でぷるぷる震えている。まるで子犬のようだ。頬を撫でてみる。擦り寄ってくる。 「撫でられるの好きなんですか?」 「ん。好き。小焼に撫でられるの大好き」 「……今日の予定は無いんですよね?」 「無い!」 「夏樹って、テーマパークは好きですか?」 「おう! 賑やかなところ大好きだぞ! 何だ? テーマパーク行きたいのか? 今の時期だと仮装イベントとかやってっぞ」 「ハロウィンには早いですよ」 「イベントは早めにやるもんだって。ハロウィン終わったらすぐにクリスマスツリー飾られるくらいなんだから。で、行くのか? インパすっか?」 「部族ですか?」 「ちがうちがう! 『in park』の略なんだってよ。遊びにいっか?」 「仮装しないといけないんですか?」 「いいや。したら楽しいってくらいだ! おれも彼女とーー……」 「何か?」  話の途中で、夏樹は口を閉じた。  あまりにも不自然だから尋ねてしまったが、どうせ彼女の話をしたからだとで自己嫌悪しているんだと思う。私は過ぎたことを気にしないんだが、彼は気になるのか?  言葉を待つ。じーっと見ていれば、彼は涙をぼろぼろ流し始めた。 「何故泣いてるんですか?」 「ごめっ……、すぐ、泣き止む、から……っ! ごめん!」  夏樹が急に泣きだすのは珍しいことでもない。何故泣いてるかはわからない。いつも私はわからない。  他人の気持ちがわからない。  優し過ぎて他人のことまで抱え込む彼とは真逆だ。  昔、女子に言われたことがある。 『他人の気持ちをわかってない!』と。  わかるわけがない。他人なのだから。 『自分のこともよくわからないのに、他人のことがわかるとでも?』  言い返せば、ビンタされた。女子に叩かれたのは初めてだった。  あの時は、頬に手形がくっきりついて、夏樹が笑いながら心配してくれた。 『素直に言うから駄目なんだ』 『もうちょっと濁して言ってやれよ』  と、言ってくれたな。  言葉を少し濁したくらいで、何が変わるんだろうか。  離れた心が引き戻されるわけがない。離れていって、ひとりになる。  別れを告げられるなら、最初から結ばれなければ良い。変な期待をもたれたら、迷惑だ。  ひとりのほうが、ずっと楽だ。  何も、考えなくて良い。自分のことだけで精一杯だ。他人にまで気を遣ってやれない。  夏樹が泣いている理由はわからない。わからないから……何もできない。頭を撫でておけば良いか? 「ごめんな……」 「何故謝るんですか?」 「……」  黙られると困るんだが。 「言いたいことがあるんじゃないですか?」 「……おれが、小焼のパートナーで、良いのか?」 「何を今更。私は夏樹が良いです」 「おれ、おまえの恋人だよ、な?」 「何が言いたいんですか? 違ったら、リスカでもするんですか? 自傷癖の彼女ならいたことがありますが、止めたら泣くし、止めなくても泣くし、面倒臭かったです。別れようとしても死ぬ死ぬ騒ぎますし、女子部員とメッセージのやり取りすることにもキレますし、ああいうのをメンヘラというんですかね?」 「もう良いや。その話聞いたらなんか安心した」 「はあ?」  けっきょく、何だったんだ?  夏樹はベッドに仰向けに寝転ぶ。まだ涙で潤んだままの大きな目は、微かに熱を帯びていた。  さっき抜いたばかりなのにまたしたくなったのか? もう付き合いきれない。 「で、ドッグラン行かないんですか?」 「ドッグランの話してたっけ!? さすがにドッグランで首輪つけて引っ張られるのは勘弁!」  寝転んだばかりなのに飛び起きた。けっこう筋力はある。  ドッグランで首輪つけて走りたいのか?  かなりド変態だと思う。夏樹がしたいなら、叶えてやりたいと思うが……。 「やりたいなら、やりますよ?」 「やりたくない! 無理! 恥ずかしくて死ぬ!」 「そう言いつつ、想像して興奮してません?」 「してない! してないからぁ!」  良かった。いつもの明るい夏樹に戻った。  何故泣いているかの理由はわからないままだが、いつものようになったなら良い。  離れていく雰囲気が消えたら、なんでも、良いんだ。

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