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第9話

「何ですか?」 「手、繋ぎたい。駄目か?」 「もう既に掴んでるくせに言うんですか?」 「駄目だったら、離すから!」  黙って指を絡めておいた。  彼は嬉しそうに笑っている。人懐こい笑みだ。犬なら尻尾をぶんぶん振ってそうだな……。  夏樹は世間体を気にして、外ではあまり触れ合おうとしてなかったはずなんだが……、吹っ切れたのか? 堂々としていたほうが目立たないことにやっと気付いてくれたのか? 中途半端なことをするから、変に絡まれるんだ。隠し切るか、堂々とするか、どちらかをすれば良い。  周りが何か言おうとも、パートナーだ。セフレではなく、恋人。 「けっこうカラフルな人がいますね」 「ハロウィンイベントやってるって言ったろ? そういや、パーク内で、コスプレのイベントしてるみたいだ。さっき、ふゆからメッセージ来た」 「テーマパークとは関係なくですか?」 「色んなアニメや漫画とコラボしてるからな! そのへんの建物も撮影にピッタリだ。バエスタにもよくあがってんだろ?」 「そういえば、よく見ますね」  うちの母のブランドがタグ付けされた写真で見たことのある風景だ。ゴスロリでテーマパークを遊ぶのは大変そうだとは思ったが、写真撮影したいだけか。  夏樹を女装させれば良かった。そこまで頭が回ってなかった。  ゾンビやドラキュラ、ミイラ男、ハロウィンでお馴染みの仮装をしている女子高生らしきグループから、明らかにアニメキャラ目当ての成人男性。色々な人が道を行き交う。  テーマパークに入ってから、喫煙所を見ていない。トイレはいたるところに設置されているが、喫煙所は無い。  夏樹は元々私といる時はタバコをあまり吸わないが……、たまには吸わせてやったほうが良いだろう。だが、喫煙所が無い。 「小焼。どうかしたか? トイレ行きたいのか?」 「違いますよ。喫煙所を探しています」 「あはは。おれのために探してくれてんだな。ありがとな。でも、テーマパーク内は禁煙だから、喫煙所はねぇよ」 「黙れ」 「何で罵るんだよぉ」  喫煙者は肩身が狭いな。  夏樹は更に上機嫌になっている。そんなに私が喫煙所を探していたことが嬉しかったのか。  とりあえず、テーマパークに来たからには、何かしらアトラクションを体験したい。  ハロウィンシーズンだからか何でかわからないが、人が演じるお化け屋敷があった。  最恐お化け屋敷とは何だ? 人が演じなければ、誰が演じるんだ? 犬か? 猫か? 「お化け屋敷入んのか?」 「夏樹はホラー好きでしたよね? ドMですし」 「ドMとホラーは関係無い……とは一概に言い切れねぇけど、ホラーはけっこう好きだ! 小焼は苦手なんだっけ?」 「苦手ではなく、傷つけないか心配になります」 「大丈夫! おれがいるから守ってやるよ」 「守ってください。スタッフを」 「おれが守りたいのは、おまえだけどなぁ」  彼は後ろ頭を掻きながら、眉を八の字に下げる。  入場待機列に並んで30分後。スタッフに誘導されて、お化け屋敷に入った。  中は薄暗い。ほとんど視界は闇に閉ざされている。前の人だろうか、絶叫がこだましていた。少し耳が痛い。  夏樹は私の腕にしがみついていた。 「怖がってますか?」 「そりゃあなあ、最恐お化け屋敷だから、どんな風に来るかわかんねぇし」 「大丈夫です。所詮、人間です。首を折れば勝てます」 「やめろよ!」 「わかってますよ」  出会い頭に首の骨を折るのは難しいし、私もこんなところで殺人犯になりたくない。  突然飛び出してきた人影に、夏樹は驚いて、その声に私が驚く。その繰り返し。  お化け屋敷を出る頃には、すっかり疲弊していた。こんなに疲れていて、まだまだこの先大丈夫だろうか? 今夜はホテルにも行くってのに……。  朝に散々弄りあったが、腹がさみしい。夏樹が、欲しい。 「よーし! 次は何処行く?」 「夏樹は何処行きたいですか?」 「おれは、小焼の行きたいとこ!」 「答えになってないですよ」 「じゃあ、ヒーローショー観に行こうぜ!」 「子供か」 「そう言われると思った」  特に行きたいアトラクションも無い。何があるかもよくわからない。  思い返せば、両親とテーマパークに行ったことが無い。……忙しかったから、仕方ないな。  今は、隣に、夏樹がいる。だから、さみしくない。手を握る。ぎゅっ、と強く握り返された。意外と握力が強い。私ほどではないが。  ヒーローショーのある広場に着いた。子供がお行儀良く座っている。大人の姿もちらほら見える。保護者ではなく、ヒーローのファンなのだろう。夏樹と同じように。  

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