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第11話
刺激的な香りが鼻孔をくすぐる。マグマのような赤さのパスタが目の前にある。夏樹が注文したハバネロパスタだ。香辛料の量を間違えていないかと思うほどに辛そうな香りが周囲に漂っている。これだけ香りが強いと迷惑じゃないかと思ってきた。
「赤いですね」
「いやあ、思ったよりも赤いのが来ちまっておれも驚いてるとこだ。でもさ、ハバネロだからそんなに辛くないって」
「ハバネロって世界で一番辛いって言われてませんでしたっけ?」
「それは昔の話! 今はペッパーXってやつが一番だぞ!」
「強そうな名前していますね」
「あまりにも辛すぎて、人体の免疫システムに異常をきたすってので、単体では食えないんだってよ。日本じゃ入手困難だ!」
「食べたくもないですよ、そんなもの」
「おまえならそういうと思った」
夏樹は笑いながら真っ赤なパスタを頬張る。右手にフォーク、左手にスプーンを持ち、スプーンの上でパスタを巻き取って食べているが、これは子供がする食べ方だと教えたほうが良いか? まあ、日本だとけっこうしている大人も多いから良いか。これならソースも飛び散らないだろうし……滅多に。
嬉しそうな表情をしながらバクバク食べているので、そんなに美味しいのか気になってきた。だが、夏樹の食べるものは大概が辛すぎて味がわからないし、痛みしか残らない。彼は味覚音痴ではないかと思う。テキトーに味付けしたものでも「美味しい!」と言って食べる。……よく考えたら、夏樹は私が作ったものなら何でも美味しいと思い込んでいるのかもしれない。真相はどうだか。
腹の虫が鳴いている。パンケーキを焼くのには時間がかかると説明されたから、おとなしく待つが説明が無かったらクレームを入れてやりたいくらいだ。腹が減った。
「食ってみる?」
「辛いんですよね?」
「うーん。辛いっちゃ辛いけど、言うほど辛くねぇよ。お菓子ぐらいだ」
「それなら一口ください」
夏樹が皿を寄せてくれたので、一口頬張る。
途端に全身の毛穴が開くほどの刺激が突き抜けていく。一気に汗をかいた。舌がビリビリして何も感じられない。なんだこれ。これが辛くないってのはおかしいだろう。
「どうだ?」
「辛すぎです」
「そっかぁ」
辛すぎて何が何だかわからない。味覚が麻痺している。
水を飲みほしても舌の焼けたような熱さがひかない。このまま何も味を感じられなくなったらどうしてくれるんだ。とは思ったが、夏樹は医者だから、治せるか? 味蕾がどうのこうのとか言ってる時があるくらいだからな。
考えている間に私の前にパンケーキが置かれる。
こんもりと盛られたストロベリーホイップクリーム、皿を埋め尽くすほどのストロベリー。ふかふかのパンケーキの上に3種類のベリーが乗っている。3段になっているが、
それぞれにベリーソースとベリーがたっぷり挟まっている。見た目からして甘くて可愛い。女子ウケが良さそうだ。バエスタで投稿されているのを見かけてから食べてみたいと思っていた。
手を合わせてから切り分けて、頂く。くちどけの良い生クリームだ。甘さが控えめでしつこさがないからいくらでも食べられる。パンケーキの生地もヨーグルトを使っているからかしっとりしていて口当たりが良い。中からマシュマロやプリンが出てくる。どうなっているかさっぱりわからないが、とにかく美味い。頬が落ちそうとはこういうときにいう言葉かもしれない。
ふと夏樹と目が合う。こっちを見てにこにこ笑っている。
「何か?」
「いやあ、小焼がモノ食ってるの見るの好きなんだよな。本当に美味そうに食うからさ」
「本当に美味いんですよ」
「ん。そうだとは思うけど、なんていうかさ、何食ってもまずそうなやつっているじゃんか」
「そうですかね」
「いるってぇ! でも、小焼なら一緒に食事するの楽しいから」
よくわからないが、嬉しそうだから良いか。とにかく美味しいことに変わりはない。
隣のテーブルで男女カップルが「あーん」と食べさせあっていた。ああいうことをしてやったほうが良いのか?
「夏樹。『あーん』」
「えっ!? あ、い、いや、人目があっから、そういうのはちょっと……」
喜んでするかと思ったら遠慮された。……甘いものが苦手だからか? コーヒーゼリーなら食べられるかと思ったが、駄目だったか。
彼は周りを見てソワソワしている。
「トイレなら店を出て左にありましたよ」
「違う違う! そうじゃないって!」
「そうですか」
何をソワソワしているんだろうか。考えても思いつかないので、パンケーキを食べ続けよう。腹が少しずつ満たされていく。もっといっぱいに欲しい。さみしい。なんだか、さみしい。
皿が空っぽになる。だが、たりない。まだ、たりない。
「追加注文すっか?」
「どうしてですか?」
「物足りないような顔してっからだよ。おまえがそれくらいの量で満足するとは思えねぇしさ。おれのことなら気にせずにもっと食えよ」
「……もういいです。出ましょう」
「そっか。あ、おれ払うから」
「金欠じゃないんですか?」
「魔法のカードがあるから大丈夫だ!」
「その魔法には限度がありますよ」
「大丈夫!」
どうしても払いたいようなので、払わせておこう。奢りたい気分なんだと思う。どういう気分かさっぱりわからないが。
店を出る。パーク内には色々な人がいる。カップルが多い。手を繋いで歩いているし、物陰でキスしている者もいる。少し、羨ましくもある。
「どうかしたか?」
「手、繋いでください」
「ん。そんじゃ、次何処に行く?」
「夏樹に任せます。絶叫系以外で」
「そんじゃ、コーヒーカップとかどうだ?」
「目が回るだろ」
「あはは、それもそうだな」
「酔わない乗り物以外が良いです」
「そんなら、向こうに縁日のような出店あるらしいから、そっち行ってみっか!」
夏樹が私の手を引く。
犬が尻尾を振りながら、リードを引っ張っているように幻視した。
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