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第13話
「お連れさん、えらそうなの」
「えらそう? 夏樹は威張ってませんが」
「あ、え、っと、夏樹くん、苦しそうやの!」
振り向く。夏樹がしゃがんで肩で呼吸していた。
また、過呼吸か? どうして今日はこんなに発作的になるんだ? 私といるからか? 私がデート中に女と話したからか? わからない。原因がわからない。
とりあえず移動しよう。仕事の話もできたし、推しの撮影を中断させたままにするのも悪い。
夏樹を抱き上げて、空いているベンチに向かう。彼は泣きながら何度も「ごめん」を繰り返している。謝られても泣かれても困る。ハンカチで涙を拭ってやって、ティッシュで鼻水を取ってやって、背中を撫でて落ち着かせてやる。
「もう帰りましょうか」
「ごめんっ。おれのせいで……」
「いえ、私も悪かったです。お前という大切なパートナーがいるのに、推しとばかり話して」
「ううん。そんなことねぇよ。小焼は何も悪くないんだ。悪いのはおれなんだ……」
こんなに夏樹のメンタルが崩れるようなことが短時間であったか?
考えてみるが、さっぱりわからない。頭を撫でてみるも、いつもなら笑うのに今は効果がない。どころか、手を掴まれて、退けられた。
胸の辺りが痛い。
「……ごめん」
「謝らないでください」
「ごめんな。人が多いところに連れてきちまって」
「私が行きたいと言ったから、謝るところではありません」
「うん……。帰ろ。おれ、ちゃんと安全運転するから」
ベンチから立ち上がる。
人の多いパーク内を抜け、車に乗り込む。すぐに車は動きだす。いつもなら何か曲をかけているのに、静かなままだ。
話さなくても平気だが、夏樹の場合は話してくれないと不安になる。今日は情緒不安定だ。日頃のストレスが積み重なっているのか?
そのストレスの原因は…………私か?
私が、夏樹に将来について考えてほしいと言ったから? 孫の顔を見せることも、結婚することもできないと言ったからか? 強いストレスを与えてしまった? 優しい彼のことだから、真面目に考えさせてしまったか。もう少し、言い方を考えてやれば良かった。私はまた傷つけた。もう、傷つけたくないのに。これ以上彼を傷つけて、悲しませてしまうなら……いっそ……離れたほうが……良いのか……?
この後ラブホに行く話をしていたが、今はそんな気分にならない。夏樹も、そんな気分ではないと思う。しかし、夏樹が行きたいなら……私も行きたい。
「夏樹。ラブホ行くんですか?」
「っ、……小焼が嫌なら、行かない」
「嫌ではないです。夏樹が行きたいなら、私も行きたいです」
「無理してっ、おれに付き合わなくて、良いから!」
いつかも、このセリフを聞いたような気がする。
大きな目から涙が溢れている。運転中に泣かれたら、怖い。対向車にぶつからないか心配になる。
「無理してないですよ」
「うぅうっ、もうっ、わかんねぇよ!」
急に大声で「わからない」と言われても、私のほうがわからない。
「小焼は優しいから、おれに付き合ってくれてるだけなんだろ? 本当は、ちっちゃくて可愛い女と一緒にいたんだろ?」
「いえ……」
「ごめん。好きになって、ごめんな」
「謝らないでください。好きなものは好きだから仕方ないですし、私も夏樹のことが好きです」
赤信号になったので、彼の襟首を掴み、唇を重ねる。
涙に潤んだ瞳が美味そうに見える。抉り出して舐めたくなる。夏樹に触りたい。もっと夏樹を感じたい。ずっと昔からの幼馴染なのに、私は彼を知らない。もっと知りたい。もっともっと、彼を安心させるくらいに、触れたい。
「ラブホテル行きましょう」
「んっ。わかった」
これで、メンタルが安定すれば良い。
逆効果なら……、離れるしか、なくなってしまう。
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