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第5話
変わらない日常 1 (雪夜side)
愛しい人と伴に迎える朝は、暖かな陽だまりの中にいるような感覚だ。俺はそれをいつまでも手放したくはなくて、無意識に小さな身体を抱き寄せてしまうけれど。
「雪夜さん、ちょっとだけ離してくださいね。今から朝ごはんの支度しないと、オレ遅刻しちゃうので」
「……ん、ヤダ」
頭の半分はまだ寝ていたい、もう半分は仕事に行かなきゃならないことを理解している俺。ダブルベッドの真ん中で2人寄り添って眠っていたのに、俺の星くんは俺の腕の中から抜け出そうともがいている。
眩しい朝から始まる心の葛藤。
起きなきゃならないことは分かっているのだが、あともう少しだけ俺は星を抱いて寝ていたい。
「3分だけですよ、あと3分たったらオレを離してステラを抱いててください。今日の朝ごはんは雪夜さんの好きなベーコンエッグにしますから、だから……ね?」
言葉が消えた空白の数秒。
そこに込められた思いを感じた俺は、恋人の指示に大人しく従おうと思った。
俺のために、朝食の支度をしようとしている星くんをこれ以上困らせてはいけない。俺の我儘に付き合って3分だけ時間をくれた恋人は、身も心も温かい。
「お前ってさ、すげぇー気持ちイイよな」
微睡んだ意識の中で抱き締めた星の体温は心地よく、俺は瞳を閉じたまま呟いて。
「雪夜さんだって気持ちいいです。雪夜さんにぎゅって抱き締めてもらうの、オレは大好きだから」
出逢った頃から変わらない愛らしさで俺の心を掴んで離さない星くんにそう言われ、今日が休みならどれだけ良かったかと思ってしまう俺がいる。
朝っぱらから盛れるほど、俺はもう若くない……って、言いたいところではあるが。あいにく体力も性欲もまだまだ元気な俺は、星に負担をかけたくないだけで。
座る時間が殆どない立ち仕事をしている星くんを今から抱いてしまうと、コイツは1日中腰の痛みと戦いながら仕事をしなくちゃならなくなるから。
今からヤりたい、今すぐにヤりたい。
けれど、何も焦って今しなくてもいい行為なことも分かっている俺は、下心だらけの脳内に喝を入れた。
一緒に暮らし始めて、分かったことがある。
それは、『好き』よりも『愛してる』よりも、家庭にとって大切なのは『お疲れ様』と『ありがとう』を相手に告げること。
仕事も、家事も。
養ってもらえることが当たり前じゃないし、炊事洗濯をやってもらえることが当たり前じゃない。2人で暮らしているのだから、お互いの生活を維持するために努力や我慢が少なからず存在する。
当たり前のことを当たり前だと捉えて、相手に感謝の気持ちが芽生えなくなるのは嫌だから。それが好きな相手なら尚更、俺は星に感謝の言葉を送るようにしていて。
「……雪夜さん、朝ごはんできましたよ?」
いつの間にか3分が過ぎ、それ以上の時間が経過していた朝。俺の腕の中にいたはずの星くんは、ベッドから抜け出して朝食の用意をし、再び俺を起こしにきていることを知ったから。
「ありがとう、星くん」
俺は星に精一杯の感謝を込めて、柔らかく唇を重ねた。
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