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第8話

変わらない日常4 「今年度竜崎先輩から引き継ぎして、来年度はイッシーがここの責任者やるんだっけ。入社1年目っつってもイッシーは前からこのスクールでコーチしてるし、誰も文句は言わないだろうけどさ。よくまぁ、あんな人の下で働けるな」 俺たちの上司、竜崎 隼(りゅうざき じゅん)さんがいないことを確認してからそう呟いた戸田先輩。世渡り上手な戸田先輩は真面目過ぎる上司を心配しているらしく、竜崎さんが自分より歳上なのにも関わらず、未だ結婚もせずに仕事ばかりしていることに呆れ返っているが。 竜崎さんの想い人は俺の兄貴の飛鳥だし、いくら信頼している部下であってもプライベートのことは話さない竜崎さんの気持ちも分かる俺は何も言えなかった。 数年経ったらそのうち俺も竜崎さんのように部下から心配される立場になるのかと思うと、学生の時とは違って社会に出ている大人として結婚の2文字がつきまとうことになるのは正直悩ましいけれど。 地位や名誉に興味はないが、俺は竜崎さんのことをコーチとして単純に尊敬しているから。今の俺には結婚云々よりも、竜崎さんが請け負っている業務内容の引き継ぎを確実にこなすことの方が優先順位が高いだけだった。 特に内容があるわけではない会話がその後続くことはなく、竜崎さんと他のコーチが出勤して時間通りに始まったミーティング。金曜日の今日、俺が受け持つのは低学年のおチビさんクラスだ。 曜日によってコーチが担当するクラスが変わるようにシフトが組まれている為、このスクールではまんべんなく様々な子供達と関わることができるけれど。 「……夕方からのトレーニングになりますが、熱中症には十分注意して指導に当たるよう心掛けてください。それとですね、今日は低学年のクラスに前回欠席者が入る予定になっています」 「あー、俺んとこの高久 飛雅(たかくし ひゅうが)君だ。この間家庭の事情とやらでトレーニング欠席したからその振り替え、白石コーチよろしく頼むよ」 ミーティング中、重要な事柄を淡々と話す竜崎さんの言葉を遮り、戸田先輩は俺にアイコンタクトを送ってきて。 週に1度、もしくは2度、基本的にはスクール生がそれぞれ希望した曜日に毎週トレーニングに参加することになっているスクール生たち。 しかし、例えば毎週月曜日にトレーニングに参加していても、その月曜日に何かしらの理由で生徒が欠席した場合は、同月内であれば他の曜日で振り替えができるシステムになっている。 そのため、今日のトレーニングに参加するらしいスクール生の高久くんは俺が普段受け持つことのない生徒ということになるから。 ミーティング終了後、俺は普段から高久くんの指導に当たっている戸田先輩に彼の情報をある程度聞き出してから低学年の指導をすることにしたのだが。 戸田先輩から得た情報『親子揃って問題児な高久だから、要マークするように』と……言われていた言葉の意味を仕事中に理解した俺は、大きな溜め息を吐きながら帰宅しなければいけないこととなった。

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