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第12話

小さな変化 4 「それじゃあ、お先に失礼します。お疲れさまです、ランさん」 「また来週もよろしくね、明日と明後日は雪夜と2人でゆっくり過ごしてちょうだい」 弘樹と西野君が帰った後、夜の開店準備まで済ませて仕事を終えたオレは、ランさんより早くに店を出る。オレの勤務時間は8時30分から17時30分まで、休憩はまかない付きで1時間。 週5日勤務、ランさんの計らいでオレの休日は雪夜さんの休日に合わせてもらっている。お互いに外で働いている分、2人の時間は大事になさいって……オレと雪夜さんの付き合いを良く知るランさんは、時の進みがどれだけ人に影響を与えるのかを知っている人だから。 こんなに融通の利く職場は他にないんじゃのかなって思うくらいに、オレはとても待遇のいい職場で働けることを本当にありがたく思う。 「今日の夕飯、何しようかなぁ」 もう夕方なのに、まだ陽が高い空を見上げて。 オレは通勤用の自転車に乗りつつ、今日の夕飯のメニューを考える。 高校3年間は調理の勉強をしていたし、今も飲食店で働いてはいるけれど。毎日の献立を考えるのは想像以上に大変で、オレはいつも帰宅中に頭を悩ませているんだ。 365日、しかも1日3回食事をする人間。 毎日同じものを食べていたら当然飽きてしまうし、栄養も偏ってしまう。実家にいた頃は母さんがやってくれて、夕飯の時間にちゃんと夕食が出来上がっているのが当たり前だったけれど。 いざ自分が作る側になると、毎日献立を考えてご飯を作る大変さが身に染みるから。母さんって凄いんだなって、オレは尊敬と感謝の気持ちでいっぱいになってしまう。 バランスの良い食事を心掛けようとか、オレはオレなりに色々考えてはいる。雪夜さんもオレが作る料理に文句を言うことはないし、むしろ何を作っても美味しいって言ってくれるからここまで悩む必要はないのかもしれない。 でも、まだそこまで料理のレパートリーが豊富じゃないオレは、こうして夕飯のことを考えていないとちょっぴり不安なんだ。 子供たちと一緒になって、毎日サッカーをして体を動かしている雪夜さんには健康的な食事をしてほしい。けれどだからと言って、カロリーやバランスだけを考えて食事を作っても、それはそれで味気ない感じがする。 その日の気分によっても食べたいものって変わってくるし、何を作れば雪夜さんは喜んでくれるんだろうって。体にじんわり汗をかきながら家までサイクリング中のオレは、家の冷蔵庫の中にどんな食材があったか思い出していたんだけれど。 自転車を走らせて家まで辿り着いたオレは、エレベーターに乗っている最中に職場を出る時に見ることのなかったスマホをジーンズのポケットから取り出して。 「……さすが、雪夜さんだ」 雪夜さんから送られてきていたLINEに目を通したオレは、独りエレベーターの中で微笑んでしまった。 今日の夕飯の下準備は済ませてあるから、1人で悩むんじゃねぇーぞ……って、そう送られていた雪夜さんからのLINEは、オレの考えを最初から分かっていたかのようなものだった。

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