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第13話

小さな変化 5 「……下準備というより、もうほぼ出来てるじゃん。んーっと……はーい、了解です」 家の鍵を開けた瞬間から香ってきたとってもいい匂い、スパイシーな香り漂う室内でオレは独り返事をした。 外出時も帰宅時も異なるオレと雪夜さんは、お互いに伝えたい用件を木枠の小さな黒板のボードに記入するようにしている。 時にはオレの落書き帳みたいな役割になっていることもあるけれど、このボードはオレと雪夜さんの大切な伝言板。 もちろんLINEでのやり取りも欠かさないし、急用の時は電話の時もある。でも、手書きで書かれた白いチョークの文字を見ると、なんだか気持ちがホッとするんだ。 今日の雪夜さんからの伝言は、カレーが作ってあるってことと、卵が茹でてあるからサラダに使ってほしいというもの。その内容を読んで返事をして、オレは雪夜さんが書いた綺麗な文字の隣りにウサギとライオンの絵を描いて遊んでみる。 夕飯のことを考えて帰ってきたけれど、美味しそうなカレーは冷蔵庫の中で準備万端整っているから。ちょっとくらいお絵描きしてても誰も怒らないって、オレは自分の行動を正当化してしまう。 「よし、我ながら可愛く描けた」 オレは独りで何をしているんだろう、なんて。 そんなことを思うことはなく楽しい気分で落書きを終えたオレは、絵を描いてから喉が乾いていることに気づいて再び冷蔵庫を開けた。 2人暮しにしては結構大きい冷蔵庫、雪夜さんの独断で購入したものだけれどオレもこの冷蔵庫はお気に入り。部屋のインテリアに合うように雪夜さんが選んでくれた冷蔵庫は落ち着いたブラウンカラーだし、食材もいっぱい入るんだ。 冷蔵庫だけじゃなくて、オレは雪夜さんと暮らしているこの家にあるもの全部がお気に入りだったりする。 対面式のシステムキッチンは、雪夜さんと並んで料理を作ったりお互い顔を見て作業できたりするし。L字型のソファーだって、お昼寝するのに最適だし。 ナチュラルウッドを基調とした安らぎ空間のお家だけれど、部屋全体の色味は明る過ぎることもなければ暗過ぎることもないシックな色合いで。 雪夜さんはサッカーのコーチをしているけれど、あの人はインテリアコーディネーターとかも務まるんじゃないかなって思ってしまうくらい、オレは雪夜さんのセンスにも惹かれている部分があるんだと思う。 分担している家事のおかげで、毎日家の中はスッキリしているし。こんなオレにはもったいないくらいの魅力を持つ恋人は、今頃きっと子供たちとボールを追いかけているんだと思うから。 いつまでも絵を描いて遊んでいるわけにもいかず、オレは冷蔵庫から出したミネラルウォーターをゴクリと飲み干した後に部屋着に着替えて夕飯の支度に取り掛かる。 キッチンに立ち、ゆで卵の殻を丁寧に剥いて。 レタスとトマトとキュウリを適当に切ってお皿に盛り付けた後、オレは殻を剥いた卵と睨めっこしてしまう。 「輪切り、くし型、お花……それとも、細かくしてマヨネーズと合える?」 卵を使ったサラダと言っても色々あるから、どうしようと悩んだオレは卵に問い掛けてみだけれど。当然のことながら、オレの問いに卵が答えてくれることはなかったんだ。

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