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第17話
小さな変化 9
一緒に暮らしているから、少ない時間でも毎日こうして触れ合っていられる。触れることはもちろんだけれど、好きな人の声を聞いたり、顔を見たりできるだけで……ストレスの軽減になるんだって、どっかの偉い人がテレビで言っていた。
でも、それはあながち間違ってないと思うんだ。
雪夜さんだって、オレと一緒に暮らしてなかったら今頃死んでるって言っちゃうくらいだから。2人で一緒に過ごせることがお互いのストレス解消法なら、これ程嬉しいことはないんだけれど。
「死んじゃダメなので、オレは雪夜さんの傍にいます。夏休みではないですけど明日はお休みですし、1日ゆっくりしましょうね?」
大好きな雪夜さんに死なれたら困るどころじゃなくなってしまうオレは、雪夜さんにそう言って。
「そうだな、ありがとう。あー、なんかお前に癒されてたら腹減ってきた……ある程度充電できたし、そろそろメシ食うか」
オレはなにもしていないのに、なんだかちょっとだけ元気になったらしい雪夜さんは、腹筋を使ってヒョイっとオレの膝から起き上がったから。
「じゃあオレはご飯の支度しますね、雪夜さんは着替えてきてください。ないとは思いますけど、もしカレー零しちゃったら大変なことになっちゃうので」
今日の夕飯はカレーだからって、そう思いつつ雪夜さんに声を掛けたオレはマグカップを置いて立ちがる。
「ん、分かった。いくら疲れててもシャツにカレー零すようなヘマはしねぇーと思うけど、念の為ってやつだな」
オレの言葉に返事をして、ニヤリと笑った雪夜さん。
比較的にオレなら零す可能性があるからか、からかわれた感じがしてオレは悔しく思ってしまう。
でも、雪夜さんがこんな表情をするってことは、雪夜さんがリラックスできている証拠だから。悔しいけれどカッコイイ雪夜さんの後ろ姿を眺め、オレはキッチンへ向かうことにした。
そうして、暫くして。
着替え終わった雪夜さんがリビングに戻り、ダイニングテーブルには2人分の夕飯が並ぶ。
「……可愛いサラダだな。花畑みてぇーになってんじゃん、これ食うの勿体ねぇー」
「茹で卵にどんな切り方がいいか訊ねてみたんですけど、返事してくれなかったので花型にしたんです。卵の横に、ハムも花型に切って添えたらこんなサラダになっちゃいました」
雪夜さんが茹でてくれて、オレが切った卵。
ただそれだけの茹で卵なのに、何でもなくてくだらない会話の材料になる。
「ハンプティ・ダンプティじゃねぇーんだから、卵が返事するわけねぇーだろ。逆にいきなり返事されたら怖ぇーっつーの、俺でもビビるわ」
「有り得ないのは分かってるんですけど、家で独りだと思考が瞑想するんですもん」
お互いに、仕事で溜まった疲れはまだそこまで取れてはいないけれど。くだらないことで2人で笑って、楽しく食事ができる時間は大切なひと時だから。
永遠に、卵が喋ることはなくても。
雪夜さんがオレの隣りで微笑んでいてくれるなら、それだけで充分だと思えた。
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