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第36話
気づいたこと 10
「常連さんは特にですけど混雑時の来店は避けてますし、来店する曜日や時間帯が決まっている人もいます。ランさんの人柄に触れて、頑張ろうって思えるお客様が沢山いるんです」
雪夜さんもその1人、そしてオレもその1人。
さっきだって、オレも雪夜さんもランさんと話していたんだ。
「止まり木に加える癒しのエッセンスは、カウンターを挟んでこちら側の人間が考えることだって……オレは、前にランさんからそう言われたことがあるんです」
「なんつーか、アイツらしい言葉だな」
「でも、いざ店員になってみると、オレはそこまで考えられないなって思ったんですよ。笑顔で接客することは心掛けているし、お客様に満足してもらいたいとは思うんですけどね……オレに出来ることがあまりにも少なくて、けどランさんは違って……」
「だから星くんは、1度客の気持ちになってみたかったのか。視点を変えれば、見えてくるものもあるんじゃねぇーかってことだな」
こくりと頷き雪夜さんを見ると、雪夜さんの視線はカウンターの後に並んでいるお酒のボトルをぼんやり見つめていて。
「……確かに、ランの仕事ぶりはそう簡単に真似できるもんじゃねぇーと思う。けど、お前だって客のことそんだけ見てんなら大丈夫だろ」
「そうでしょうか……オレにはランさんみたいな話術がないし、常連のお客様に話し掛けられてもうまく会話できないんです。だから、その……オレ、このお店に必要ないんじゃないかって思う時があって」
食事を楽しむだけじゃなくて、ランさんとの会話を楽しむ常連さん。マニュアル通りにはいかない仕事に、どう対処したらいいのか分からなくなることがあるけれど。
「ランの言葉はおそらく、バーテンダーとしての言葉だ。アイツは料理人とバーテンダーのどっちも1人でやってるから、お前がそこまで悩む必要はねぇーと思うぞ」
落ち込むオレに、雪夜さんは温かな眼差しを向けてくれる。融通の利く職場だし、何より自分らしく働ける環境でこんな悩みを持つことは贅沢な悩みなのかもしれないって。
オレがそう感じた時、ランチタイムで使用するワンプレートのお皿を手に持ったランさんが現れて。
「雪夜の言う通りよ、星ちゃん。世の中には自分の頑張りを過信する人もいるけれど、星ちゃんはその逆」
目の前に置かれたお皿と向き合い、オレは首を傾げた。オレなんて、ランさんの仕事の2割り程度しか働いていないのに。それなのに、オレは頑張っていますって胸を張って言うことなんかできない。
でも、ランさんはそんなオレを笑うことも怒ることもせず、雪夜さんの方を一瞬チラリと見て口を開く。
「星ちゃん目当てで来店されるお客様が増えていること、星ちゃんは全く気づいていなかったのね……最近、若い女性客が多いと思わない?」
「それは、ランさんがコストを抑えてリーズナブルで質のいいランチの提供をしているからで、オレが関係しているわけじゃ……」
「……無自覚、無防備、変わんねぇーわ」
はぁーっと大きく溜め息を吐いた雪夜さんの一言に、ランさんは苦笑いしているだけだった。
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