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第37話

気づいたこと 11 「心がミジンコみたいに狭い男の前で話したくはないんだけど、星ちゃんに会うために来店されるお客もいるのよ。星ちゃんの笑顔は癒しになるわ、そのうち実感が持てるといいわね」 「だってよ、お前を売りにする必要はねぇーと思うけどな……こればっかは俺がどうこう言える問題じゃねぇーから、とりあえずは大人しくしといてやる」 「夜の営業では多少話術も必要になってくるけれど、昼間の売りは私でも星ちゃんでもないわ。今まで通り、迅速で丁寧な接客を心掛けてくれれば大丈夫」 面白くなさそうな表情をする雪夜さんと、大丈夫よって笑うランさんだけれど。 お客様にどう思われているかなんて、考えたことがなかったオレはランさんの話を受け入れるまでに時間がかかってしまう。 オレがお客さんだった時、このお店はどんなふうに見えていただろうって……オレはそのことを考えたくてここにいたけれど、その考えの中に店員のオレは除外されていたから。 オレもちゃんと従業員の1人なんだと思った時、ランさんの言葉が漸くすんなり胸に収まった。 でも、オレの中の妄想で見えてくる雪夜さんの耳が垂れていき、ふわふわした尻尾がしょんぼり揺れているのが気になって。オレは、ここで素直に喜んでいいのか悩んでしまうんだ。 オレの体に痣をつけたテーブルに嫉妬するような恋人、容姿は大型犬のようなのに、ミジンコ級の心の狭さは可愛くて仕方ない。ランさんにまた馬鹿にされないように、雪夜さんは平然を繕っているつもりなんだろうけれど。 架空の耳と尻尾を撫で撫でしてあげたくなったオレは、無意識に雪夜さんが座るイスの後ろに手を伸ばして。妄想の中の尻尾をよしよしと撫でているつもりのオレは、自分の世界に閉じこもってしまう。 「……お前、なにやってんだ?」 あまりにも不審な動きをするオレに、雪夜さんはそう問い掛けてきて。オレは夢から覚めたような感覚で、現実世界へと戻ってきた。 「星ちゃん流、雪夜を宥める儀式なのかしら?」 「知らねぇーけど、コイツたまに変な動きするからな……天然記念物だし、星くんの言動はファンタジーなことが多いんだよ」 「そんなことはないって、自分では思うんですけど。でも、こんなオレでもお店のお役に立てているなら何よりです」 自分の行動をよくよく考え直し、頬を緩めて何もない空間を撫で回していたら頭がおかしいと思われて当然だとオレは思った。 けれど、やってしまったことは仕方がないし、オレのおかしな行動で場の空気が和らいだ気がするから。結果オーライ、なんて……能天気な気持ちになったオレは、うじうじ考えて悩むことをやめようと思ったんだ。 暖かいアットホームな雰囲気のお店、その従業員の1人として働けることは単純に嬉しい。だから、だからオレも自信を持っていいんだと。 ランさんと雪夜さんから背中を押してもらったオレは、明日からの仕事も頑張ろうって思えて。自分で勝手に凹ませてしまった心はキレイに膨らんで、すっかりスッキリ元通りになっていた。

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