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第39話

気づいたこと 2 「一時的に子供を預かり指導する俺たちコーチの仕事は、ただサッカーを教えるだけじゃない……けどな、実際に教えてやれることは少ないのが現実だ」 プライベートの素行はあまりよろしくない気がするが、戸田先輩は仕事が出来る人で。サッカーのコーチとして自分に何が出来るのか、日々模索している戸田先輩の言葉は重いものだった。 まだ幼い飛雅には、サッカーを楽しんでもらいたい……ただ、そう思わせてやるためには、飛雅自身よりも親の影響が大きく関係しているのではないかと俺は思っているけれど。 「俺たちはあくまでもコーチにすぎない。家庭の問題まで首を突っ込むなって、俺は竜崎コーチから止められてる」 「そう、なんですか……」 俺と同じような答えにたどり着き、先手を打っていたらしい戸田先輩はそう言って腕を組む。竜崎コーチの考えも間違ってはいないと思うけれど、戸田先輩も腑に落ちてはいないのだろうと思った。 「俺がコーチとして飛雅に指導してやれることは、コミュニケーション能力を伸ばすこと。今はそこに重点をおいてやってるけど、アイツと周りのスクール生とじゃ精神年齢が違い過ぎる」 「それは、俺も感じました。あの歳でゴールを決めても喜ばない子供は珍しいですし、戸田先輩は普段どう指導しているのか気になって」 「どうもこうもないってのが本音。毎回のトレーニングで気づいたことは声掛けするようにしてるんだけどな、飛雅の耳には届いてねぇよ」 1人のスクール生の話をするだけで、空気が重苦しい。戸田先輩の努力が垣間見える言葉のやり取りは、煙草を片手に受け流すくらいが丁度いいのかもしれない。 そうでないと、話の内容が深刻過ぎて。 まだ始まってもいない仕事に差し支えそうになるから、だから戸田先輩は飛雅の話をする場所として喫煙所を選んだのだと俺は気がついた。 「……FWやってた俺からすれば、飛雅の才能は羨ましい限りなのに。あいにくアイツはサッカーが嫌いでね、飛雅に指導する度に俺のメンタルやられそうになんだよ」 苦笑いを洩らして話をする戸田先輩だが、先輩は先輩なりに相当悩んでいるんだろう。俺がこのスクールでバイトしていた時から世話になっている先輩、卒なく仕事をする戸田先輩がここまで苦悩している姿を俺は今まで見た事がなくて。 高久親子の問題は、戸田先輩ですらお手上げ状態なのかと……換気扇に吸い込まれていく煙りをぼんやり眺めつつ、俺が無気力になりかけた時だった。 「俺が知ってる情報、お前に全部やる。先に言っておくが、いい話ではない。白石、それでも聞くか?」 呟くように、でも迷いなくそう言った戸田先輩は、俺の目を見て覚悟を問う。 正直、俺が話を聞いたところで問題解決には至らないとは思うけれど。それでも、俺に何か出来ることがあるならと……そう思った俺は、煙草の火を消し戸田先輩の問いに頷いた。

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