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第42話
気づいたこと 5
俺の公休の間で、急遽決まったらしいコーチの変更。詳細はミーティングで明らかになると思うと、戸田先輩はそう言って煙草の火を消していく。
「……たまには先輩らしいことしねぇと、俺の立場ないし。俺も、もちろん竜崎コーチも、白石には期待してるからな」
「そんなにハードル上げないでください。でも、先輩に責任を負わせることのないよう努力はします」
仕事だから、先輩の頼みだから。
イヤです、と……俺が先輩に、はっきりそう告げることは出来ない。たった2時間足らずのトレーニングを1度しただけ、それなのにこんなにも悩まされるスクール生のコーチなどしたくないのだが。
「フォローはするから気負うなよ。あと、分かってはいると思うが飛雅の家庭事情は内密に頼む」
引き受けざるを得ない状況に、今すぐ逃げ出したい気持ちを堪えて……もう、笑うしかない俺からは苦い笑みが零れるだけだった。
その後、何事もなかったような顔をして戸田先輩は喫煙所を出て行ったけれど。俺はその背中を追うことがないまま、独り大きく息を吐く。
手首に巻いた腕時計で時刻を確認し、あと数分ならここに留まっていても問題ないと思った俺は、結っていた髪を解いて項垂れる。
頬に落ちる髪に指を絡ませて笑う恋人のことを恋しく思いつつ、自らの手で握った髪には当然のことながら何の感情も湧かなくて。
悩みながらもひたむきに毎日頑張っている星のことを考え、アイツは今頃知らない他人に微笑んでいるのかと……俺の思い浮かべた仔猫の姿が成長していて、俺だけに向けられていたはずの笑顔が徐々に遠ざかっていくような気がした。
それもこれも、全てはまだ幼い子供の飛雅1人が要因で。俺はやはり赤の他人に振り回されるのは性にあわないと感じてしまう一方だった。
星のことなら許せるのに、アイツにならいくら振り回されても構わないと思えるのに。そうはいかない相手を前にし、俺はこれからどこまで指導するべきなのかを模索しなければならない。
義務教育が行われる学校とは違う、習い事のスクール。教えるのは学業ではないが、サッカーを通じて子供たちに学んでほしいことは沢山ある。
俺が戸田先輩から注意された挨拶や、人への感謝、仲間と共にボールを追いかける楽しさだったり、勝負の世界には勝った時の喜びと負けた時の悔しさかあることだったり。
まだ幼い子供たちだからこそ、色々な経験をして大人になってほしくて。そのサポート役として、俺たちコーチは存在するだけにすぎないことを思うと、一体どこまで生徒に寄り添っていいのか分からない。
今までの指導の仕方では、飛雅にサッカーの楽しさを伝えてやることは厳しいだろうと思う。これからの俺は、今よりさらにコーチとしての実力が試されることになっていく。
それを考えると、星との穏やかな時間を削って俺は仕事をしなければならないから。
「……やっべぇーなぁ」
呟いた独り言が俺の余裕のなさを裏付けて、今後の俺と星の未来を左右するのではないかと……そんなことを思ったのは、ミーティングが始まる5分前だった。
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