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第43話

気づいたこと 6 戸田先輩が言っていた通り、飛雅のコーチ変更はミーティングで発表された。 しかし、詳しいことは告げられずに俺は通常通りの業務に就いて。頭の片隅で飛雅のことを考えながらも、なんとか1日の業務が終了したんだが。 「雪君、お話したいことがありますので残って頂くことは可能ですか?」 次々にコーチたちが退勤していく中、竜崎さんから声を掛けられた俺は仕方なく頷いた。 「あ……少し話が長くなるかもしれませんので、今のうちに恋人に連絡して頂いても構いませんよ?」 俺と星の付き合いを知っている竜崎さんから余計な気を遣われ、俺は無駄に笑顔を取り繕う。内心、分かってんなら帰らせろやと思いつつも、俺は星に連絡するためスーツのポケットからスマホ取り出して。 「お言葉に甘えて連絡してくるんで、少しの間待っててもらってもいいッスか?」 「ええ、もちろん。僕はミーティングルームで待機していますので、終わり次第そちらに来ていただければ大丈夫です」 念のため竜崎さんに断りを入れ、俺は事務所を出ると喫煙所に向かいながら星に電話をかける。 『……雪夜、さん?』 思いのほか、すぐに電話に出た星の声に相変わらず癒されるけれど。伝えなきゃならないことが良い報告ではないことが分かっているのか、電話越しの星は心做しか寂しそうで。 「お疲れ、星くん。悪いんだけどさ、今から竜崎コーチと話し合いがあるから今日の帰り遅くなる」 言いたくはないが、言わなければ余計に寂しさと不安を植え付けてしまう気がした俺は、申し訳なさを隠さずに星に伝えた。 『……分かりました、夕飯はどうしたらいいですか?』 案の定、返ってきた返事は落ち込んだ声に僅かな我慢が混ざる。星は仕方のないことだからと、不機嫌になることもなく俺の勝手な都合を聞き入れてくれたけれど。 「なるべく早く帰れるようにすっけど、何時に帰れるか分かんねぇーから先に済ませていい。眠くなったら、無理せずちゃんとベッドで寝ろよ?」 『雪夜さんこそ、オレの心配はしなくていいので急がずに安全運転で帰ってきてください。オレ、ちゃんといい子で待ってますから……あとちょっと、お仕事頑張ってくださいね』 心配するなと言われても、家に独りきりの状態で食事をする虚しさくらい俺にも分かる。テーブルに並ぶはずだった2人分の食事は、俺の分だけラップをかけて保存されてしまう。 2人で寝付くための広いベッドで、いつ俺が帰ってきてもいいように隅の方で丸まって眠る仔猫。その額に口付けてやれる時がくるのは、一体何時間後になるのだろうか。 そんなことを考えても、俺の状況が変わることはない。今伝えてやれる最大限で最小限の言葉を、星にかけてやることしかできないことが心苦しく思う。 「……ありがとう、本当にごめんな」 『雪夜さんが謝ることじゃないですもん。それに、忙しい中でも連絡してくれて嬉しいです。それじゃあ、お仕事の邪魔になるといけないのでオレはこれで……』 聞き分けが良過ぎる恋人は、俺にそう言い残して静かに通話を切ってしまった。

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