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第44話

気づいたこと 7 煙草1本を吸う時間、その数分くらいなら声を聞いていたいと思ったのに。先に切られてしまったスマホをぼんやりと眺め、俺は気持ちを落ち着かせるために喫煙所で煙草を吸ってからミーティングルームへと向かった。 「申し訳ありません、お待たせしました」 既に室内で待機していた竜崎さんに軽く頭を下げ、俺は竜崎さんの向かいに着席する。 「いえ、急に呼び止めた僕が悪いのでお気になさらずに……プライベートで聞きたいことは色々とあるのですが、暗黙の了解ですのでこれ以上は黙っておきます」 「そうしてくださると助かります。クソ兄貴に俺の情報が回ると面倒だし、竜崎さんにも俺に知られたくない話は山ほどあるでしょうし……まぁ、お互い様ってことで」 飛鳥と関係のある竜崎さんは俺の上司でもあるが、兄貴の……恋人、又はセフレ、だから。竜崎さんと飛鳥の関係を詳しく知りたくもないし聞きたくもない俺は、部下としてではなく兄貴の弟として意見を述べた。 そうして訪れた異様な空気が過ぎ去るまで、俺も竜崎さんも少しの間無言を突き通して。このままではいけないと思ったらしい竜崎さんが、静かに口を開いていく。 「朝のミーティングで他のコーチにもお伝えした件ですが、雪君には詳細を伝えておいた方がいいかと思いまして」 「やっぱり、飛雅のことですか」 なんとなく、呼び止められた理由は分かっていた。 分かっていたからこそ、俺は気が重いのだけれど。 「前回の振り替えで飛雅君のコーチを担当した雪君のことを、飛雅君の保護者がたいそう気に入ったらしいんです。今回は保護者の要望で、コーチの変更をお願いされましてね」 「保護者から……あの、飛雅の意見はどうなんですか。俺が指導するのは、保護者ではなく飛雅自身です」 「飛雅君は、母親が決めたことなら何でもいいと言っているそうです。他の習い事や部活動等で、コーチの変更ではなく曜日の変更を望まれる方は多いですが……白石コーチが金曜日の担当だから、曜日変更をしたいとの申し出がありました」 年齢のクラス別で、1人のコーチが受け持つ生徒の定員は決まっている。小学校低学年のクラスを俺が受け持つのは金曜日、定員には若干の空きがあるためスクール側に断る理由がないのは分かるのだが。 変更理由がしょうもなさ過ぎて、竜崎さんも俺と同様に苦笑いを隠しきれていなかった。 「雪君のどのようなところを気に入ったのか、それは僕にも分かりません。敦君の指導が悪かったわけでもなく、逆に飛雅君は敦君に懐いていましたから……正直、無理に変更する必要はないと思うのですがね」 「それは、俺も同意見です。飛雅自身が変更を望んでいるのなら話は別ですが、母親の意向で変更というのは……納得できねぇっつーか、そんなところで」 「スクールに通うに子供たち全員が、プロを目指しているわけではありませんから。ただ、サッカーが好きな子たちが多いことは事実ですし、その楽しさをコーチとともに感じているスクール生も沢山います」

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