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第45話
気づいたこと 8
竜崎さんの言う通り、このスクールではサッカーにおいての哲学がしっかりしている。サッカーで哲学なんて馬鹿馬鹿しいと感じる人もいるだろうが、各スクールやクラブで異なる哲学が存在するのだ。
ゴールを決め、勝利するまで。
その道筋には正解がなく、あらゆる場面で求められるのは選手一人一人の考える力。そこに重点を置き、技術面だけでなく周りとの連携やコミュニケーション能力を伸ばすことを目的として指導するのがこのスクールの方針。
プロを目指す子供たちもいれば、単純にサッカーを楽しんでいる子供たちもいる。それぞれ感じ方や捉え方が違っても、1つのボールをみんなで追いかける時間を大切にしてほしい。
そんな想いで子供たちに指導している俺たちコーチから見れば、飛雅の存在がこのスクールの中で浮いてしまうのは当然の話だった。
「雪君は、サッカーがしたくてもできない環境にいた……ですが、飛雅君は逆なんですよ。サッカーができる環境にいるだけで、サッカーがしたいわけじゃない」
俺の過去を知っている竜崎さんからの言葉は、俺をコーチとして見ているからこそ出てきた言葉なんだろうが。そこまで大人になりきれていない俺は、心の何処かで飛雅のことを妬ましく思っているのかもしれない。
色素の薄い瞳が見つめる先に、1つのゴールがあることは変わらないのに。過去の俺には、好きなことが好きなだけ出来る時間も環境も与えてはもらえなかった。
それが原因で、次第に夢を諦めてしまった俺にも問題はあったけれど。今こうしてコーチの職に就くことが出来ているのは、俺の気持ちを聞き入れてくれた竜崎さんがいるからで。
幼い頃の自分と飛雅を比較するのではなく、俺は過去の自分と今の自分を比較して。
「……どれだけセンスがあっても、気持ちが乗らなきゃ意味ねぇーッスよ。下手クソなヤツだって、サッカーがしたいって気持ちが糧になって努力すんですから」
気持ちの問題と、感情論を語ってもなんの説得力もないのは分かっているが。根本的には、やはり気持ちに左右される気がしてならない。
そんな俺の言葉に、竜崎さんは首を縦に振ったけれど。
「親が強制的に行わせるのではなく、子供が自発的に行ってほしいものなのですが……こればかりは、僕らが口を出せる問題ではありません」
返ってきた返事は、自分たちの立場がいかに無力なものなのかを思わせる言葉だった。
「とりあえず、来月からの変更にあたり俺の方で体制は整えておきます。今のトレーニングメニューを見直して、少しでもチビたちが楽しめる方法を考えてみるんで」
竜崎さんも竜崎さんなりに苦労をしているのだと感じた俺は、そう伝えるのが精一杯で。竜崎さんには飛雅の家庭事情が公になっていない分、俺が試行錯誤していくしか今のところ術がないから。
「雪君のそういうところ、僕は好きですよ。ですが、無理のない程度でお願いしますね」
星との時間を削ってでも、この案件はどうにかしなければならないことだと感じた俺は、星には隠さずに仕事の話をしようと決めたのだった。
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