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第48話

気づいたこと 11 「……おはようございます、雪夜さん」 可愛い星の声が、やたらと遠くの方から聴こえる。 瞼の奥はまだ暗闇で、俺の意識は混沌としながら夢と現実の境界線に1人佇んでいるかのようだった。 酒を嗜み寝付いた昨日、そして訪れた今日に背を向けようと必死な感情。このまま悪魔の誘いに乗ってしまいたくても、俺が瞼を開けなければ天使の微笑みは拝めない。 ……闇か、光か。 睡眠という闇の中へ落ちてしまえば、何も考えなくて済む光が待っている。 瞳を開けて星という光を見てしまえば、その先には見たくもない現実の闇が待っている。 どちらにせよ、俺には闇と光が待ち受けているのなら……昨日から俺のことを待っていた愛おしい天使の心を、俺が安心させてやりたくて。 「……星」 名を呼んで、ゆっくり瞼を開けた俺の瞳に飛び込んできたのは、紛れもない天使だった。 朝の日差しに照らされて後光を纏い、俺の真っ白いトレーナーをワンピースにして佇む星くん。俺専用フィルターから覗いた星は、現実ではありえない羽まで見えてくるから。 ……このまま、俺は召されてしまいたい。 そう感じて洩れた笑みは、星への愛しさと自分自身の愚かさだった。 「昨日は大変だったみたいですね、お疲れさまでした。でも、雪夜さんはいい子なんですから、ちゃんとベッドで寝ないとダメですよ?」 寝起きの俺は、飛び込んできた天使の姿に見惚れていて昨夜のことを忘れていたけれど。星に言われて部屋の中を見渡すと、俺はリビングのソファーの上で転がっていた。 おまけに、テーブルの上には酒を飲んだ痕跡が残ったままで……天使の微笑みはあっという間に、心配の色を含んだ哀しい眼差しへと変わっていく。 「無理しないで、ください。雪夜さんが仕事で忙しいのは理解してるつもりですけど、それでも……頑張り過ぎは身体に毒です」 「ごめんな。仕事がちょっと厄介なことになっててさ、考え事してたら眠れなくなっちまって」 謝っても、今から2人でゆっくり眠る時間もなければ仕事がなくなるわけでもないけれど。可憐な天使が告げてくれた残酷な現実と向き合うために、俺は正直者になるしかなかった。 「そうだったんですね。オレに出来ることは少ないかもしれませんけど、それでもオレは雪夜さんが大好きだから……」 だから、頼りにして欲しい。 か細い声で呟いた星は、ソファーに転がる俺に抱き着いてきて。 情けない俺を支えてくれる星の存在が、闇のように感じる現実に穏やかな光をくれるから。 俺は艶やかな星の髪を撫で、力強く抱き締めた。 「ありがと、俺もお前が大好きだ。お前が言うように無理はしねぇーからその代わり、そのうち時間取れたら俺の話を聞いてほしい」 スクール生の個人情報を大っぴらに語ることは出来ないが、星にはある程度のことを話しておきたい。仕事の問題だからと、俺独りで抱え込んでいることが星の不安要素になるくらいなら、悩みの共有をすることも悪くないのかもしれない。

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