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気になる話 16
他人の名前を覚えられるほど、俺の頭の容量は多くない。しかし、弘樹が残したいくつかのキーワードから、俺が連絡を取る男の名がすぐに浮かんだ。
……正直者のバカ犬のため、何故俺が単純バカに連絡をしなければならないんだろう。
そう思っても、俺の隣で感謝を述べる仔猫には敵わなくて。泣きそうだった表情が笑顔に変わり、弘樹との通話が終了した俺に抱き着いてくる星くんには本音を言えないままだった。
「それじゃあ、行ってきます」
「ん、気をつけてな」
寝不足気味の身体で、それでもちゃんと時間通りに家を出る星くん。仕事へ向かう星の背中を見送り、俺は自分が出勤するまでの時間を利用し、ある人物と駅で会うことを決めた。
大学を卒業して、数ヶ月。
おそらく誰からも相手にされていないであろう男は、俺の誘いを断ることがないと思うから。
LINEで連絡を入れるのと同時に身支度を整え始めた俺は、すぐに返信された内容を確認する。
どうせならモーニングの誘いじゃなく飲みの誘いがよかったと、相変わらず無駄口を叩くバカ野郎からの返事に自然と笑みが零れた。
仕事のことばかり考えているより、たまには違うことをした方が気分転換になるのかもしれない。その相手がたとえうるさいバカだったとしても、今の俺には必要な存在なんだろう。
とりあえず、駅からそのまま出勤できるように着替えを済ませ、日課になっている洗濯をした後に家を出た俺は、待ち合わせ場所に指定したカフェでアイスコーヒーを注文する。
ゆっくりモーニング、とはいかないだろうが。
せめてコーヒーくらい飲んでおきたいと、そう思いオーダーしたコーヒーを持って席についた俺の元にやってきたのは、頭が爆発している男だった。
「白石、おひさっ!!」
「……誰、お前」
「誰って、白石が俺を呼び出したんだろ。1時間以内にこのカフェに来なかったら、二度とうちの店で商品買わないっつって連絡よこしたのお前じゃん」
「だからって、寝巻きのスウェット着たまま来んなよ。髪は爆発してるし、なんで俺がお前みたいなヤツと朝から話さなきゃなんねぇーの」
呼び出したのは確かに俺だが、ここまで酷い格好でやってくるとは予想外で。外に出るならある程度の身支度をすることは考えなくても分かるであろうことなのに、この男にはそんなことまで説明しなきゃいけないのかと俺は頭を抱えてしまう。
スーツ姿の俺と、上下スウェット姿の康介。
あまりにも目を引く組み合わせなのか、周りからの視線が痛いけれど。
「来てやったんだから文句言うなよな。とりあえず金ちょーだい、俺腹減っちったぁー」
「野口やるから好きなの買ってこい、釣りは返せよ」
「ケチ、白石のケチッ!」
先払いでセルフスタイルのこの店で、俺から金を要求しないと満足に食事もできないらしい康介。金欠男にモーニングセットを奢ってやる俺をケチだと罵り、康介は俺の手元から千円札を奪い取っていった。
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