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気になる話 22

幼児クラスの子供達とサッカーをして、トレーニング終了後は小学生クラスのサブコーチとして子供達を見守って。 あっという間に子供達のトレーニング時間が過ぎ去り、俺は事務所に戻って雑務をしていた。そんな時、中学生の指導を終えて事務所に来た戸田先輩は、トレーニング用のユニホーム姿で俺の前に現れて。 「今日のイッシー、なんかイキイキしてんな」 「戸田先輩、お疲れッス」 挨拶はしたものの、話してないでさっさとシャワー浴びてスーツに着替えたらどうなんだと……竜崎さんがこの場にいたら、おそらく注意されるであろうことを俺は戸田先輩に思っていたけれど。 「白石ってさ、良いパパになりそう」 何か仕事の話があるのかと思いながら戸田先輩と目を合わせた俺は、眉間に皺を寄せてしまう。 何故、今このタイミングで戸田先輩は心底どうでもいいことを結構真剣な顔をして話してくるんだろうか。そんな疑問を抱きつつ、俺は口を開いて。 「……俺、まだ結婚すらしてないんですけど。戸田先輩、なんでいきなりそんな話してくるんッスか」 結婚も、そして子供も。 世間には大っぴらに言えない男同士の付き合いをしている俺には、どう足掻いても縁のない話だから。 俺は心の中で、戸田先輩からの言葉が特に意味のない軽いノリの話であることを願っているのに。 「チビっ子相手に素で笑ってる白石見てたら、誰だってそう思うぞ。子供相手の仕事だからってわけじゃなくてさ、イッシーは子供と一緒に笑ってる感じ」 だから、良きパパになれると……俺によく分からない説得をし、戸田先輩はにこやかに微笑む。その笑顔が、俺にはやたらと怖いもののように感じて溜め息が洩れた。 親にならない選択をするのは、俺だけに限ったことじゃない。一生独身を貫く人間もいるし、結婚してても子供を授からない夫婦もいる。 それぞれの考え方があり、個人の生き方がある。結婚をして子供を授かることが幸せで、良き夫婦であり、良き親となることこそが幸せだと……俺は、戸田先輩からそう言われている気がしてならなかった。 「……まぁ、単純にチビ達とサッカーすんのは面白いんで。コーチだからとか、変に意識することがないだけだと思いますよ」 戸田先輩の上手い躱し方が見つからず、俺はとりあえず本心を語ることにして。戸田先輩の目を見ることはせずに、今日のチビ達の笑顔を思い出していく。 すると、戸田先輩は俺の肩を軽く叩き耳打ちする。 「優しい顔しちゃって。白石のそういうとこ、保護者はよく見てる……誰、とは言わねぇけど」 「……戸田、先輩」 「白石の良さを殺したくはないから、お前はこれからもチビ達と一緒に楽しくサッカーすればいい。けどな、保護者の対応には注意しろよ」 考えたくはないが、戸田先輩の忠告はおそらく飛雄に関してのことなんだろう。コーチの変更は、保護者からの申し出で決まったことだから。 嫌な予感を感じる戸田先輩の言葉が頭の中で響いたまま、俺は俺から離れ事務所を後にする戸田先輩の背中に声をかけることができなかった。

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