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倦怠期って 9

雪夜side 弘樹と言い合った後。 星は捨て台詞を吐き、そして俺の手を離して寝室へと向かってしまった。 これ以上、弘樹と話していたら。 星は、しなくていい喧嘩をしなきゃならなくなるとでも思ったのだろう。最後に名残惜しく俺の指先に触れて遠ざかった仔猫の手は、弘樹には伝わらない熱い思いが込められていたように思う。 星はおそらく、今頃ベッドに潜り泣いている。 そう思ったのは、俺の直感でもあり経験でもあるけれど。リビングのラグの上で石のように固まっている弘樹と、ソファーに座り脚を組んでいる俺。 ……さて、俺はどのような行動をとるべきか。 愛しい仔猫の気持ちが手に取るように分かる俺の頭の中では、そんな考えが浮かんでは消えていく。 弘樹には泣き顔を見せたくなくて、我慢して我慢して、言いたいことだけを弘樹に告げた星くん。星のことを思うと、俺は今すぐにでも仔猫の側に駆け寄りたいけれど……星から託された思いは、弘樹に伝えるべきなんだろうと思った。 「星が納得できねぇー理由、お前には分かんねぇーだろ。でもな、弘樹の意見も間違ってねぇーと俺は思う」 怒らせると俺より怖い女王の逆鱗に触れた弘樹から見れば、星が何故弘樹の意見に反論したのか理由が分からず、唖然とするばかりなんだろうが。星の気持ちを代弁するように、俺は弘樹に対して声を掛けていく。 「ただな……お前が言った、たまたま、偶然、その中で、アイツがどれだけ苦しんで、どれだけの涙を流したのか……お前の知らないアイツの姿を、運がいいの一言で済ますのはどうかと思うぞ」 詳しいことは弘樹に告げなかった星、けれどその思いは俺にしっかり届いているから。 「お前がアイツを好きになった理由はなんだったか、よく思い出せ。自分のことより相手のことを思える星が、俺を選ぶことにより同時に家族から幸せを奪うことについて、悩んでなかったワケがねぇーだろ」 簡単に、流れに任せて掴んだ幸せじゃない。 星は弘樹にこのことを言いかけたけれど、それを止めたのは俺だ。自分の存在を否定した星の過去を、アイツ自身で蒸し返してほしくなかった。 両親のこと、光のこと。 1度は逃げてしまったかもしれないが、それでも星は現実と向き合い続けたから。悩んで、苦しんで、俺と別れることまで考えて……その苦労を知らない弘樹に、今の星の気持ちを理解しろと言うのは間違いかもしれないが。 「星の両親も、俺とアイツの付き合いを理解するまでに相当な時間を費やしてんだ。星の周りの人間全てが、最初から理解があったワケじゃない。今の俺と星の生活があるのは、アイツが懸命に努力して掴んだ結果なんだよ」 何も語らない弘樹は、眉間に皺を寄せていて。 徐々に潤み始める弘樹の眼に気がづいた俺は、バカ犬がバカなりに成長しようと必死な姿を垣間見た気がした。 ……だからかもしれない。 俺の本音も混じえて、弘樹には俺が感じている不安を話してやろうと思えたのは。

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